「ああ。行っておいで。ドレスの裾を踏まないようにね」
颯は優しく微笑んで、ワインを口にした。
その微笑みがあまりにも純粋で、
胸を刺すような痛みを感じる。
けれど私は、
逃げるように部屋を飛び出した。
慣れないヒールで走り、
心臓がバクバクと音を立てる。
エレベーターを降り、
一階の噴水広場に向かった。
外に出た瞬間、
身震いするほどの冷気が肌を刺す。
さっきまでいたあの部屋が、
いかに現実離れした「温かい檻」
であったかを、身に染みて理解させられる。
「美桜ちゃん……!」
降る雪が勢いを増す中、
サンタのコスチュームを着て
息を白くさせる碧くんがいた。
「碧くん、遅くなってごめん……」
私のドレス姿を見て、
碧くんは一瞬、息を呑んだ。
「ううん。俺こそ、こんな格好でごめん。……そのドレス、すごく似合ってる」
賞賛と、悲しみが混ざり合ったような目。
「でも、綺麗すぎて……今の美桜ちゃんはなんか、人形みたい」
わずかに低く呟かれた言葉が、
胸にまっすぐ刺さる。
すると碧くんは私の震える手を取り、
小さな青い箱を握らせた。
「えっ……」
「俺、これをどうしても渡したくて。……開けてみて欲しい」
「でも、時間が……」
私がスマホの画面を確認すると
碧くんが私の目を、力強くまっすぐと見据えるように見た。
「わかってる。だけど、これは今見て欲しいんだ」
箱を開けると、そこには繊細で小さな、
銀色の”鍵”をモチーフにしたネックレスが入っていた。
「……鍵?」
「うん。美桜ちゃんにお揃いを貰った時から、ずっと考えてた。……俺さ、『美桜ちゃんの幸せはどうなの?』って聞いたでしょ。その時、困ってるように見えて——」
そう言うと、碧くんは
鼻をすすりながら笑った。
「だからこれは、今いる場所の鍵じゃなくて、いつか美桜ちゃんが自分の意思でどこかへ行きたいと思った時に、その扉を開けるための……『未来の鍵』。……なんて、重いかな?」
碧くんのくだけるような、あどけない笑顔。
「……碧くん……」
私はその鍵をそっと優しく握った。
胸の中が、苦しくなる。
こんなにも眩しいほどの
まっすぐな”光”を目の前にして、
もう戻らなければならない。
まるで、魔法が解ける前に
『檻』へと帰らねばならないシンデレラのように。
「ありがとう……。でも、もう戻らないと……」
背中を向けたその時、
碧くんが私の手を掴んだ。
「……俺、やっぱり美桜ちゃんが好き。一緒に文化祭実行委員をやった時、初めて美桜ちゃんの心から楽しんでる笑顔を見た気がしたんだ」
碧くんの掴む手にわずかに力が入る。
その手は、酷く冷たいはずなのに、
なぜか熱い。
「俺は……顔色を伺って機嫌を取らせるようなことも、美桜ちゃんの自由を奪うようなこともしない。いや、させたくない。だから……俺に、チャンスをくれないかな」
——嬉しい。
私に打ち明けてくれた本音に、
大きく気持ちが揺らぐ。
(……けど……)
私にとって颯の存在は無視できなくて。
必死な思いを抱えながら揺れるその瞳に、
頷きも、断ることもできない自分が憎くて、
苦しかった。
涙が落ちた私の頬に、
彼の手が触れようとしたその時——

