でも、その「信じている」と
言わんばかりの無垢な笑顔が、
重い罪悪感となって胸を締め付ける。
(ごめんね、お兄ちゃん……)
「私、手洗ってくるね」
私は逃げるようにリビングを離れ、
洗面所へ向かった。
***
その、わずか二分間の空白。
颯は、リビングでソファに置かれた
美桜のバッグを迷いなく引き寄せた。
彼は中身を漁ることもせず、
ただ、
開いたままの鞄の隙間から、
音もなく取り出した。
——真っ赤な紅葉の栞。
「…………」
颯の顔から、表情が消える。
彼はその栞に静かに鼻先に寄せると、
一瞬にしてその瞳から光が消え、
真っ暗な闇に染まったような色に変わった。
嫉妬で狂いそうな衝動を押し殺し、
彼はそれを丁寧にバッグの元の位置に戻す。
「……颯? お待たせ、食べよ?」
戻ってきた美桜の声を聴いた瞬間、
颯は再び、「優しい兄」の仮面を貼り付ける。
「ああ、食べよう」
美桜に和かに返す。
そして颯は、ゆっくりと目を細めた。
「………明日からは、もっと近くで、お前を守ってあげるから」
***
あの時。
ほんの数ページで返してしまった
あの本の続きには、
こんな残酷な一節があった。
『少女は檻の中で、唯一使用人が差し出すデザートを食べている時だけ苦しみを忘れられる』
『しかし——そのデザートには毎回微量の、”使用人の執着”という名の「毒」が混ざる』
『それは少女から「自分の足で歩く意志」を奪い、使用人なしでは呼吸すら苦しくなるような強い依存症を引き起こすのだ』
颯が私を想ってくれる
「優しさ」という名の一つの毒は、
碧くんのくれた「自由」への渇望を、
少しずつ、けれど確実に麻痺させていく。
クリスマスまで、もう少し。
私は、
自分という輪郭を取り戻したつもりで、
実はその「毒」を、自ら強めていることに、
気づいていなかったのだ——。
***

