文化祭のあの濃密な夜から、一週間。
あの日から、私たちの関係は
音を立てて変わってしまった。
「おはよう、美桜」
朝、201号室の扉を開けると、
そこには。
にこにこと当たり前のように、
朝食を作る颯がいる。
今の彼は、
私を「妹」として慈しむ顔と、
熱を帯びた「男」の顔を、
呼吸をするように使い分けていた。
「おはよう……颯。朝からパンケーキ焼いてるの?」
「この前、テレビ見ながら『いいな』って言ってただろ?」
以前と変わらない優しい兄としての姿。
けれど首筋に残された”印”は、
ハイネックのセーターの下で、
今も彼に支配されていることを
私に教え続けている。
大学への送り迎え、
頻繁に届く「今何してる?」というメッセージ。
そして、夜になれば
今は彼の部屋の一部でもある私の部屋に現れ、
私の体温を確認するように抱きしめる。
(……これは、愛されてる証なんだ……)
でも。
彼の手が私の髪に触れるたび、
胸の奥がキュッと締め付けられる。
彼が私を愛しめば愛しむほど、
私という「輪郭」が溶けて、
彼の一部になっていく——
そんな、デザートに毒を混ぜたような、
甘くて苦しい圧迫感が微かにあった。
***
そんなある日。
———ピコン。
碧くんから届いたメッセージ。
『明日、紅葉見に行かない? 文化祭で約束したやつ』
それは、文化祭で「お兄さんには内緒で」と
約束した二人きりの紅葉デートの誘いだった。
「……」
私は、あの「鍵」を指先でなぞる。
あの夜。
颯が「心の鍵」だと言って
私に預けてくれた、彼の部屋の合鍵。
(……颯は、私を信じてこの鍵をくれた)
葛藤が私を襲う。
彼からの「信頼」を裏切ることに、
罪悪感を感じる。
けれど、それ以上に。
(誰の所有物でもない「私」として、外の空気を吸いたい——)
私は部屋のカレンダーの方を見た。
——明日は、ゼミ合宿で颯はいない。
あれほど彼に「降伏」したはずなのに、
溺れていく者が一瞬差し込んだ光に
手を伸ばすように
私は、チャットの送信ボタンを押した。
碧くんがくれる、外の「新しい世界」への
渇望が、勝ってしまったのだ。

