夕食を食べ終えた後、
私たちは近所の公園まで散歩することにした。
昼間の熱気を、月が静かに攫い、
優しく吹く風が火照った身体を冷ましていく。
小さい頃、毎日のように二人で遊んだ、
砂場とブランコがあるだけの小さな公園。
それでもここは、私たちにとって
思い出が詰まった特別な場所だ。
「……変わらないね、ここ。昔よくお兄ちゃんにブランコ押してもらってたよね」
「そうだな。……久しぶりに押してやろうか?」
「え……?」
颯は私の背後に回ると、
ブランコの鎖を握り優しく押した。
ブランコの、ギィ……と軋む音が、
静寂な公園に響く。
「——俺にとっては、この公園とお前の家だけが、息を吸える場所だったよ」
私の後ろからぽつりと聞こえた声。
それは、消えてなくなりそうなほど
小さな本音だった。
——佐伯家。
私の実家の隣に建つ、立派な家。
颯の両親はいつも仕事で不在。
冷え切った家で、
完璧であることを強いられてきた少年。
ゆらゆらと揺れる動き。
ブランコの錆びれた音。
それらがより脆く、儚さを感じさせた。
その時、颯が手を止める。
「……覚えてるか? お前が5歳の時、俺に『お兄ちゃん』って呼んでいい?って聞いた日のこと」
「え……そうだったっけ」
「ああ。……あの瞬間、俺は救われたんだ。誰からも必要とされていなかった俺が、誰かの『お兄ちゃん』になれた」
颯は私の前へと移動すると、
足元でしゃがみ込み、私の顔を見上げた。
「お前が、俺を『兄』にしたんだ」
その瞬間、夜風が
颯の茶色く透ける髪を揺らす。
見上げる彼の目には、
今にも闇に溶けそうな月の光と
底知れない孤独が映っていた。
「……だから……責任取ってよ」
訴えかける子供のような、
純粋でまっすぐな瞳に、
胸の奥がきゅうっと苦しくなる。
「……お兄ちゃん」
「これからもずっと、俺の隣で笑ってて。俺以外の『光』なんて、必要としないで。俺だけが……ずっとお前を照らすから」
あまりにも必死な、縋るような言葉。
私は、
ブランコの鎖を強く、握りしめていた。

