闇深兄の溺愛 〜甘いデザートには、一滴の毒を〜


——春。

新しい生活への期待と、漠然とした不安を抱えながら、
私はマンションの廊下で大きな段ボールと戦っていた。


「うっ、重い……」


ずっと両親や周りに甘やかされて育ってきた一人っ子の私にとって、
この箱の重さは「独り立ち」という試練そのものに感じた。


美桜(みお)、無理しちゃダメだって言っただろ」


背後からの聞き慣れた声、鼻をくすぐるシトラスの香り。

振り返ろうとしたその時、
あんなに重くて苦戦していた箱が軽々と持ち上げられた。


「お兄ちゃん!」


私の後ろから目元をふっと和らげて笑うのは、
幼馴染の(はやて)だ。


180センチを超える身長に、光を受けて柔らかく透ける黒髪。

真っ白なシャツにはシワひとつなく、
まるでアイロンをかけたばかりのような清潔感を放っている。



大学で「王子様」なんて言われている完璧な彼は、
私にとっては3歳年上の、世界一優しくてかっこいい——

自慢の「お兄ちゃん」だ。



「お隣さんになったんだから、もっと頼れよ。美桜は昔から、一人で抱え込みすぎるところがあるから」



颯は少し呆れたように笑うと、
私の頭を手でくしゃくしゃと撫でた。



大学合格が決まった時から、
私はずっと颯の隣に住もうと決めていた。



実家も隣同士で、ずっと一緒に育った。

だから、颯が一人暮らしを始めたあとの3年間は、
なんだか世界から色が消えたみたいに味気なかった。


それに——
大好きな颯の近くなら、慣れない一人暮らしも頑張れると思った。


(本当は迷惑かけないようにって思ってたけど……結局助けてもらっちゃった)


「ありがとう、お兄ちゃん……!」


私が笑顔で抱きつくと、颯も優しく抱きしめ返す。

けれどその腕に力がぐっと入った瞬間、私は身動きできなくなった。


「つ、強い……」

「ん? 何か言ったか?」


彼は聞こえなかったみたいに、爽やかに微笑んだ。