2016年4月24日。当時高校3年生だった幸人と英介だったが、幸人は段々と未来察知に対する抵抗心が薄れていた。しかし英介は、未来察知能力を知っても、彼が払う代償を知らなかった……
近所の公園 17:11(下校中)
カキーン……カキーン……
2人が住む港区では夕方になると、公園では野球をする子どもが賑やかに遊んでいる。公園の近くは2人の通学・下校ルートでもある。
「幸人は進路どうするんだっけ?」
「……俺はもう親がいないから、就職すると思うけど……」
「……まあ、そうだよな……」
「お前はどうするんだ?」
「俺はとりあえず進学かな」
幸人は母親を亡くして早4か月。家に帰れば親に進路を相談できる英介が羨ましかった。本当は自分も相談したかったのかもしれない。だが自分の頭の中で囁く『母親のような何か』が、とにかくうるさすぎた……そんなとき――
「コラ!この公園で花火は禁止だ!」
「ああ〜!うるせえなジジイ……!」
公園の管理人と揉めているのは、彼らの通う高校とは違う制服を着た学生たち。どうやら花火禁止を無視して花火をやっている。それだけならさっさと離れようと思ったのだが……
「ジジイ!そんなにうるせえならな、このロケット花火をまとめて、火をつけたら顔面吹っ飛ぶかもなぁ!」
「おい、やめろ!?落ち着け……!」
管理人に向けられた束のロケット花火。火をつけるぞと脅しているようだ。見るだけで嫌な予感しかしない。
スッ……
「幸人?何して――」
「静かに……!」
「えっ?」
初めて左耳に違和感を感じたときからわかっている。目を閉じて耳に手を当てれば、未来の断片が見えることを……
「……!」
「ああヤベ……!?」
パーン!
ロケット花火は本気で火をつけるつもりではなかったようだが、一度ついてしまった火は消せない。持っていた本人は反動で尻もちをつくが、問題のロケット花火は――
「危ねえ!おばさん避けて!」
公園を歩いているベビーカーを押した女性。それにお腹の膨らみ……
ビュン……!
「ちょ……幸人……!?」
彼は耳から手を離すとダッシュを切る。そのまま――
「フッ……!」
バチン……!
「キャッ……ちょっと何……!?」
「大丈夫ですか……?イテ……」
彼は間一髪でロケット花火を蹴りで受け止めた。ローファーを貫いて足から煙が出ているようになっている。
「おい大丈夫か幸人!?」
「俺は大丈夫だ……それよりあのガキ……?」
ロケット花火を飛ばした学生含め、他の取り巻きも逃げたようだ。公共の場で花火は人を怪我させることもあると認識してほしいものだ。
「幸人……(今、明らかに先読みしたよな……?)」
英介も試しに耳に手を当ててみたが、結局何も起こらない。角度の問題か?しかもあの仕草をした彼は、まるで野球選手が打席に立ったときの緊張感のようだった。
「はぁ……」
結局また使わなければいけなくなるとは。頭痛なり体調不良が訪れるなら、家に帰った後がいいものだ。
「……」
家に着くまでもう少し。よかった……英介の前では苦しむ姿を見せなくて済んだ。
「じゃあな……」
「また明日な」
奥田宅 17:50
コネコネ……
「……」
あれだけ料理するのが面倒だったが、どういうふうに気が変わったのか、自分でハンバーグのタネをこねている。それともう一つ――
「……来ないな……」
何かに真剣になっていれば、頭痛に襲われる可能性が低くなることに気づいていた。それに見た時間がかなり短かった。
パンッ……パンッ……ジュゥゥ……
ハンバーグは初めて作る料理だ。卵焼きやチキン南蛮などは作ったことがある。ハンバーグの味はどうだろうか。
ピピピ……ご飯が炊き上がりました
炊きたてのご飯と焼きたてのハンバーグ。調味料をかけずに一口食べると――
「……美味い……」
ポタポタ……
「……母さん……!」
母が作ってくれた料理を一通り作ってみたが、食べて涙が出ることなんてなかった。ハンバーグだけは涙が出てしまった……
ゴクゴク……
ブラックのアイスコーヒーを飲んで紛らわす。当時彼はカフェイン中毒の治療を受けていた。
ポタポタ……
結局彼はハンバーグを食べ切るまで泣き止めなかった。その日を皮切りに、彼は一切ハンバーグを食べなくなった。
松之原タワー 35階 博物館 21:09
「痛ぇ……!やめてくれ……幸人!」
「じゃあまず目的を言え……俺を結婚式に呼んだ理由、チャペルのときの停電……知っていること全部な……」
やはり素人の英介では幸人に敵わなかった。腕がほぼ真反対にねじれている。しかし英介にとって恐怖なのが、変わり果てた親友の顔。
「忠告しておく……芹香さんは、もう無事に帰ったよ」
「せ……芹香が!?まさかお前が助け……イテテテ!」
パッ……
「うぅ……」
「話すならそれでいい……逃げようなんて考えるなよ……?」
ギロッ……
真っ赤な目で睨まれたら嫌でも話さなければいけなくなる状況。下着姿の女性を運んでいたのは英介ではない。まるでエサをちらつかせて目的の場所まで誘導し、協力者がキャッチするという戦法だった。彼が親友に聞きたいことは二つある。まず一つ目は、わざわざ彼の非番の日に合わせて結婚式に招待したのか。二つ目は、松之原タワーの爆破を企てたのは誰か。英介は何を答えるのだろうか?
「俺、あのロケット花火の日から……幸人の先読みとか知ってたんだよ……」
実際ロケット花火の件から、英介は何度も彼が未来を先読みしたような行動を取っている場面を見ている。あの耳当て仕草も。
「それで?俺のことと何の関係がある?」
「……」
「なあ英介……俺は昔からお前のことを知っている。だから、お前を悪者にはしたくないんだ……今回のテロがお前の仕業とかどうでもいい……けど話してくれ!」
「……お前さえいれば、皆が救われると思ったんだ……幸人なら皆を助けてくれるって思ったんだよ!」
「ならお前は、未来察知のことを知っていて、わざわざ俺の非番に合わせたのか?」
「それしかなかったんだ!妹を救うには……」
「妹?千鶴ちゃんのことか?」
彼も千鶴のことは知っている。幼い頃から病弱で、現在は骨肉腫を患って入院している。これから費用がかかるのに、結婚式を挙げて大丈夫なのかと内心疑問には思っていた。
「俺は金で雇われたんだ。松之原タワーを爆破しろって……」
「……わかった。英介、今の俺を見て……何を感じる?何を思う?」
パサッ……
彼はマスクを外し、隠していた素顔を明らかにする。
「……!?お前、その顔……!」
「俺が皆を助けるのと、俺が先に死ぬの……どっちが先だと思う?」
「そ……それは……!」
「今のお前に聞いてもわからないだろう……お前がどれだけ他力本願なのかわかったよ……少なくともお前は、俺のことを知らなかっただけで……本当は悪くないってことは、痛いほどわかる」
確かに爆破テロに加わったかもしれない。それでも彼に頼ったということは、少しでも人としての心があるということだ。
コツ……コツ……
「幸人……!」
「起きてしまった過去は変えられない……俺にできるのは、破滅する未来を変えられることだけだ……」
「だけどお前……そんな身体で!……もういい!前言撤回だ!お前から逃げてくれ……!」
ドスッ……!
「うわ……!?何すんだよ……!?」
「そうやってお前はいつまでも人のせいにして生きるのか!?お前が爆破に加わったのなら、せめて……ブフゥ……!ゴホゴホ……!」
ビチャ……
「そうだよ!俺はいつだって人任せだ!だけど俺は、お前がこんなになるまで苦しむなんて知らなかったんだよ……!だから俺は!」
「……!?もういい!来るぞ……」
「何……!?」
キュウィィン……
突然彼の前に現れたのはドローン。それも1機だけではない。AIが搭載された攻撃型ドローンだ。感情のない殺戮のドローンがゾンビ化が進む彼に、冷たい殺意を向ける。
「幸人……!」
彼は吐血する身体を引きずってドローンの前に立つ。
スッ……!
どこまで未来察知を使うつもりだ?彼の身体は既に限界なのに……
「逃げろ……」
「何……?」
「逃げろ……!」
ビュゥゥン……!
ドローンは銃を装備している。まさか、これを使ってビルをあちこち攻撃していたのか?
ダダダダン……!
「フッ……!」
本気で俺を殺すつもりか?だが甘い。たとえAIを搭載したドローンであっても、攻撃は全て読めている。
ボォォォ……!ビュゥゥン……!
「ハァ……!」
彼は血を流しながらアクロバティックにバク宙し、そのまま火の球を拾って——
「フッ……!」
バチバチバチ……!
「フッ……!」
無駄だ。未来察知能力がある彼に、たとえ機械であろうが抗う術はない。
バチ……バチ……!
「まさか……お前ドローンを……!?」
「多分俺以外の人間も、お前は迷惑な存在だって思うだろう……爆発物を扱った放火の罪は重い」
「幸人……」
「もう一つお前に聞きたいことがあ——ウゥ……!ブフゥ……!?ゴホゴホ……ゴホゴホ!」
「幸人!?」
母は必死で彼にブレーキをかけていたのだが、限界突破を優に超えた未来察知は既にバーストしていた。それでも彼は——
「お前……お前の知っている範囲でいい!タワーにいる人間を教えろ!」
彼にとって救助要員で結婚式に招待されたなど、もはやどうでもいい。乗りかかった船ではないが、自分のせいで母を失った彼にとって、目の前で誰かが死ぬことは許されない。しかし——
ポタ……ポタ……
「もう限界だってのか……」
代償はより重くなる。遂に歯が抜け始めてしまった。
「英介……お前は避難したら警察に自首しろ……俺はこれ以上、他力本願の親友に付き合う余裕はないんでね……」
「自首はする……だけど!その前にお前が逃げろ!俺はどんな罰も受ける……お前に全財産あげてもいい!俺が責任持って残った人助けるから……!」
いくら反省して強く宣言しようが、彼が信用するはずがない。
「俺に頼った時点でお前には誰も救えねえんだよ……今のお前に救える命はない……自分に救える命があるかどうかは、あとは自分で考えろ……」
コツ……コツ……
「どこ行くんだよ……!?お前、死ぬつもりなのか……!?」
「破滅の未来なら、俺が変える……だからお前——!?」
ゴゴゴゴォ……!
「また爆発か……?」
彼は未来察知を使おうと耳に手を当てようとした。しかし!
「ウッ……!?」
物理的な力が働いていないのに、まるで人に止められているように彼の身体が固まる。なぜなら——
『もうダメ……あなたはもう限界どころじゃないの……お願いだからもうやめて……!ママ……また死ぬなんて嫌だよ……!』
「……!?また、死ぬ……!?」
彼はようやく、母の幻覚がここまでして止めようとしていた理由がわかった。幸人……その母親である千夏を知る人間は、もはや幸人しかいない。千夏には既に両親はおらず、兄妹すらいない。息子の死は、記憶の中から完全に消えてしまうことを意味している。本当はわかっている。自分だって、大好きな母を忘れたくないことを——
「うわぁー……!!」
「幸人!しっかりしろ……!」
「うぅ……うわぁー……!」
コツ……コツ……
「全く……勝手に行動されちゃ困るじゃないか……」
「う……!?間藤さん……!」
「……!?お前は……あの牧師……!?」
苦しむ彼の前に現れたのは、チャペルのときに聖書を読み上げていた牧師だった……!まさか?
ドゴッ……!
「グゥゥ……!?」
「お前はそもそも呼ばれていなかっただろ?」
「やめてください……!僕は本当に親友だから呼んだだけなんです……!」
「それなのにこの男のせいで計画が台無しなんだよ……生かしてはおけないな……」
シャキン……!
牧師のような男は苦しむ彼にナイフを向ける。しかし!
「グゥゥ……!グワァァ……!」
「うっ……!?何なんだこいつ……!?」
「俺に近づくな……!近づいたらお前の首、食い千切るぞ……!」
彼はゾンビ化した顔を利用し、歯を思い切り開いて威嚇した。この世のものとは思えない姿を見て慄く牧師は——
「やれ……!」
「許せ……幸人……!」
ビリビリビリ……!
「ウゥ……!」
ドテッ……!
「何……!?」
膝をついたものの、意識を手放すことはなかった。
「お前はじっくり懲罰房でしごいてやる……」
彼は手錠を持って牧師と英介に近づいた。しかし——
ピッ……
「じゃあな……」
ドガァァン……!
「チィ……!?」
ダッダッダッ……!
「英介!待て……!英介……!……クソが……!」
バリィーン……!
怒りのあまり展示物のガラスを割る。やはり英介は利用されていただけなのか?それとも本人の意思で爆破したのか?話を聞いただけではわからない……それでも英介の意思ではないと信じたかった。
「間藤か……お前の顔、覚えたぞ……」
……そうは言っても奴は初めて見た顔で覚える価値もないような男。メモを取るにしても似顔絵までは書けない。初めて会った男……男……
「……!そういえば……」
彼が思い出したのは、下着姿の女性を運んでいた男の人影。それに今さっき現れた間藤と呼ばれていた男、明らかにシルエットと雰囲気が同じだった。
『幸人……ママができることは、今日だけあなたの記憶を維持できることよ……でも、もうあなたの顔……身体は戻らないわ……あなたイケメンなのに、もったいない……じゃん……』
幻覚の中で泣かないでくれ……俺まで切なくなるだろ……もったいないどうこうの問題じゃないんだよ!俺の命以外にもったいないものはないだろ……
『我儘なのはわかっているけど、ママはもう死にたくない……!あなたの中で生きていきたい……!』
「大丈夫さ……俺はずっと、母さんを忘れたことなんてないよ……大好きだよ……」
ポタポタ……
明日記憶を失ったとしても、いざというときはメモ帳を見て思い返せばいい。伝説であろうが功績であろうが、そんなもの後世に語る必要はない。全て忘れてしまったとしても、将佑が覚えていてくれるならそれでいい。
松之原タワー 36階 美術館 21:37
「……ウゥ……!?ここはどこだ!?」
ギィィ……ギィィ……
どれくらい気を失っていたのだろうか?やっとのことで目を覚ました将佑だが、椅子に座った状態で両手は結束バンドで拘束されている。さらに——
「クソ……!俺の防火服どこ行った……!?」
着用していた防火服は奪われて下着姿だ。それに彼だけでなく——
「水口!瀬川……!?」
何とビル内で救助活動をしていた消防隊員たちが全て美術館で縛られていた。瀬川とは幸人に腹を殴られた不運な消防士。拘束されている人間は以下の通りだ。瀬川 大夢(32)、原田 豪(33)、水口 茉莉花(24)、杉本 麻耶(40)、浦田 太輔(57)、間宮 希穂(18)。彼を含め計7人だ。皆同様に防火服を奪われている……
「おい!おい……!?起きろ!」
必死で呼びかけるが彼以外気を失っている。そんな中——
「うぅ……小隊長……?ってキャア、エッチぃ……!?見ないで……!」
「落ち着け!今は言い争っている場合じゃない!」
「うぅぅん……稲田……?」
「浦田さん!お怪我ありませんか……?」
「何とかな……」
「浦田さん浦田さん……!小隊長が私のパンツ覗きました〜!」
「おい……」
目を覚ましたのは、今年消防士になったばかりの間宮希穂と、彼の上司である浦田太輔だった。彼は希穂に変態扱いされているが……
「間宮……!はぁ……ったく!」
「小隊長の変態!ハハハ……!」
「それだけ元気があるなら大丈夫だ……」
良くも悪くも希穂はギャル消防士。現場に入るときはアクセサリーを外しておけと言ったのに……
「稲田……お前声が……」
「……ボイラー室は何とか消火しました。ちょっと下手打ちましたが……」
部屋が暗くて顔の火傷には気づいていないようだが、声だけはどうしても誤魔化せない。
パシャッ……!
突然明るくなる美術館。
「眩し……!?小隊長……そのお顔?」
先ほどまで変態呼ばわりしていた希穂の態度が急に丁寧になる。
「消防士になってこんな火傷は初めてだよ……妻には何て説明しようか」
「お前がここまで傷を負うなんてな……」
「あいつに比べりゃ、こんなの痛くもかゆくもないですよ」
キィィン……
「……!誰だ!?」
コツ……コツ……
「お前は……タキシード男か?まさか結婚式の主役が俺を拉致るとは、いい根性しているな……?」
「……」
「幸人が言っていた親友は、お前のことか……?言えっ!?」
英介は静かに首を縦に振った。だがあの怯えた表情……とてもテロの首謀者とは思えなかった。
「許してくれ……こうするしかないんだ……!」
ビチャビチャ……
英介がぶち撒けたのはガソリン!いや、この匂いは灯油か?
「やめなさいよこのクソ男……!やめろ!」
「ちくしょう……!」
ギギギギ……!
「……!外れろ……!」
カチッ……シュッ……!
英介が冷たくジッポライターを点火させる。冷たい部屋の中が業火に包まれようとしている。それでも将佑は諦めない。フルパワーを込めて必死で結束バンドを引き千切ろうとしている。
ギギギギ……!
「ウワァー!」
ブチッ……!
「何……!?」
ドスッ……!
「うわっ……!」
火事場の馬鹿力で結束バンドを引き千切り英介へパンチ!英介の手からジッポライターが落ちる……
「よっと……アッチ!アッチ……!」
間一髪床に落ちることはなかった。本当にギリギリだった。
「小隊長!?ヤバ……カッコよ……」
難を逃れたのも束の間。
キュウィィン……
「今度は何だ……ってドローン……!?」
「マズい……弾丸が床に落ちたら……!」
こんなの聞いていないぞ……彼は火事場のプロであっても犯罪対策のプロではない。
「こうなったら一か八かだ……」
ドローンの駆動音を聞いた他の隊員も続いて目を覚ます。
「何これ……どうなってんのよ……!?」
「小隊長……!逃げてください!小隊長!」
「お前たちを置いて行けるわけないだろ……俺の仕事は、お前たちをちゃんと家に帰すことだ……」
キュウィィン……
彼が目をつけたのは英介が持っている銃型のスタンガン。相手は機械……機械にならきっと電流が効果的なはずだ……!
・現在タワーにいる要救助者は7人。その他将佑を除く消防隊員6名を含め、計13人。
・12月24日 21:48 タワー崩壊まで2時間12分
近所の公園 17:11(下校中)
カキーン……カキーン……
2人が住む港区では夕方になると、公園では野球をする子どもが賑やかに遊んでいる。公園の近くは2人の通学・下校ルートでもある。
「幸人は進路どうするんだっけ?」
「……俺はもう親がいないから、就職すると思うけど……」
「……まあ、そうだよな……」
「お前はどうするんだ?」
「俺はとりあえず進学かな」
幸人は母親を亡くして早4か月。家に帰れば親に進路を相談できる英介が羨ましかった。本当は自分も相談したかったのかもしれない。だが自分の頭の中で囁く『母親のような何か』が、とにかくうるさすぎた……そんなとき――
「コラ!この公園で花火は禁止だ!」
「ああ〜!うるせえなジジイ……!」
公園の管理人と揉めているのは、彼らの通う高校とは違う制服を着た学生たち。どうやら花火禁止を無視して花火をやっている。それだけならさっさと離れようと思ったのだが……
「ジジイ!そんなにうるせえならな、このロケット花火をまとめて、火をつけたら顔面吹っ飛ぶかもなぁ!」
「おい、やめろ!?落ち着け……!」
管理人に向けられた束のロケット花火。火をつけるぞと脅しているようだ。見るだけで嫌な予感しかしない。
スッ……
「幸人?何して――」
「静かに……!」
「えっ?」
初めて左耳に違和感を感じたときからわかっている。目を閉じて耳に手を当てれば、未来の断片が見えることを……
「……!」
「ああヤベ……!?」
パーン!
ロケット花火は本気で火をつけるつもりではなかったようだが、一度ついてしまった火は消せない。持っていた本人は反動で尻もちをつくが、問題のロケット花火は――
「危ねえ!おばさん避けて!」
公園を歩いているベビーカーを押した女性。それにお腹の膨らみ……
ビュン……!
「ちょ……幸人……!?」
彼は耳から手を離すとダッシュを切る。そのまま――
「フッ……!」
バチン……!
「キャッ……ちょっと何……!?」
「大丈夫ですか……?イテ……」
彼は間一髪でロケット花火を蹴りで受け止めた。ローファーを貫いて足から煙が出ているようになっている。
「おい大丈夫か幸人!?」
「俺は大丈夫だ……それよりあのガキ……?」
ロケット花火を飛ばした学生含め、他の取り巻きも逃げたようだ。公共の場で花火は人を怪我させることもあると認識してほしいものだ。
「幸人……(今、明らかに先読みしたよな……?)」
英介も試しに耳に手を当ててみたが、結局何も起こらない。角度の問題か?しかもあの仕草をした彼は、まるで野球選手が打席に立ったときの緊張感のようだった。
「はぁ……」
結局また使わなければいけなくなるとは。頭痛なり体調不良が訪れるなら、家に帰った後がいいものだ。
「……」
家に着くまでもう少し。よかった……英介の前では苦しむ姿を見せなくて済んだ。
「じゃあな……」
「また明日な」
奥田宅 17:50
コネコネ……
「……」
あれだけ料理するのが面倒だったが、どういうふうに気が変わったのか、自分でハンバーグのタネをこねている。それともう一つ――
「……来ないな……」
何かに真剣になっていれば、頭痛に襲われる可能性が低くなることに気づいていた。それに見た時間がかなり短かった。
パンッ……パンッ……ジュゥゥ……
ハンバーグは初めて作る料理だ。卵焼きやチキン南蛮などは作ったことがある。ハンバーグの味はどうだろうか。
ピピピ……ご飯が炊き上がりました
炊きたてのご飯と焼きたてのハンバーグ。調味料をかけずに一口食べると――
「……美味い……」
ポタポタ……
「……母さん……!」
母が作ってくれた料理を一通り作ってみたが、食べて涙が出ることなんてなかった。ハンバーグだけは涙が出てしまった……
ゴクゴク……
ブラックのアイスコーヒーを飲んで紛らわす。当時彼はカフェイン中毒の治療を受けていた。
ポタポタ……
結局彼はハンバーグを食べ切るまで泣き止めなかった。その日を皮切りに、彼は一切ハンバーグを食べなくなった。
松之原タワー 35階 博物館 21:09
「痛ぇ……!やめてくれ……幸人!」
「じゃあまず目的を言え……俺を結婚式に呼んだ理由、チャペルのときの停電……知っていること全部な……」
やはり素人の英介では幸人に敵わなかった。腕がほぼ真反対にねじれている。しかし英介にとって恐怖なのが、変わり果てた親友の顔。
「忠告しておく……芹香さんは、もう無事に帰ったよ」
「せ……芹香が!?まさかお前が助け……イテテテ!」
パッ……
「うぅ……」
「話すならそれでいい……逃げようなんて考えるなよ……?」
ギロッ……
真っ赤な目で睨まれたら嫌でも話さなければいけなくなる状況。下着姿の女性を運んでいたのは英介ではない。まるでエサをちらつかせて目的の場所まで誘導し、協力者がキャッチするという戦法だった。彼が親友に聞きたいことは二つある。まず一つ目は、わざわざ彼の非番の日に合わせて結婚式に招待したのか。二つ目は、松之原タワーの爆破を企てたのは誰か。英介は何を答えるのだろうか?
「俺、あのロケット花火の日から……幸人の先読みとか知ってたんだよ……」
実際ロケット花火の件から、英介は何度も彼が未来を先読みしたような行動を取っている場面を見ている。あの耳当て仕草も。
「それで?俺のことと何の関係がある?」
「……」
「なあ英介……俺は昔からお前のことを知っている。だから、お前を悪者にはしたくないんだ……今回のテロがお前の仕業とかどうでもいい……けど話してくれ!」
「……お前さえいれば、皆が救われると思ったんだ……幸人なら皆を助けてくれるって思ったんだよ!」
「ならお前は、未来察知のことを知っていて、わざわざ俺の非番に合わせたのか?」
「それしかなかったんだ!妹を救うには……」
「妹?千鶴ちゃんのことか?」
彼も千鶴のことは知っている。幼い頃から病弱で、現在は骨肉腫を患って入院している。これから費用がかかるのに、結婚式を挙げて大丈夫なのかと内心疑問には思っていた。
「俺は金で雇われたんだ。松之原タワーを爆破しろって……」
「……わかった。英介、今の俺を見て……何を感じる?何を思う?」
パサッ……
彼はマスクを外し、隠していた素顔を明らかにする。
「……!?お前、その顔……!」
「俺が皆を助けるのと、俺が先に死ぬの……どっちが先だと思う?」
「そ……それは……!」
「今のお前に聞いてもわからないだろう……お前がどれだけ他力本願なのかわかったよ……少なくともお前は、俺のことを知らなかっただけで……本当は悪くないってことは、痛いほどわかる」
確かに爆破テロに加わったかもしれない。それでも彼に頼ったということは、少しでも人としての心があるということだ。
コツ……コツ……
「幸人……!」
「起きてしまった過去は変えられない……俺にできるのは、破滅する未来を変えられることだけだ……」
「だけどお前……そんな身体で!……もういい!前言撤回だ!お前から逃げてくれ……!」
ドスッ……!
「うわ……!?何すんだよ……!?」
「そうやってお前はいつまでも人のせいにして生きるのか!?お前が爆破に加わったのなら、せめて……ブフゥ……!ゴホゴホ……!」
ビチャ……
「そうだよ!俺はいつだって人任せだ!だけど俺は、お前がこんなになるまで苦しむなんて知らなかったんだよ……!だから俺は!」
「……!?もういい!来るぞ……」
「何……!?」
キュウィィン……
突然彼の前に現れたのはドローン。それも1機だけではない。AIが搭載された攻撃型ドローンだ。感情のない殺戮のドローンがゾンビ化が進む彼に、冷たい殺意を向ける。
「幸人……!」
彼は吐血する身体を引きずってドローンの前に立つ。
スッ……!
どこまで未来察知を使うつもりだ?彼の身体は既に限界なのに……
「逃げろ……」
「何……?」
「逃げろ……!」
ビュゥゥン……!
ドローンは銃を装備している。まさか、これを使ってビルをあちこち攻撃していたのか?
ダダダダン……!
「フッ……!」
本気で俺を殺すつもりか?だが甘い。たとえAIを搭載したドローンであっても、攻撃は全て読めている。
ボォォォ……!ビュゥゥン……!
「ハァ……!」
彼は血を流しながらアクロバティックにバク宙し、そのまま火の球を拾って——
「フッ……!」
バチバチバチ……!
「フッ……!」
無駄だ。未来察知能力がある彼に、たとえ機械であろうが抗う術はない。
バチ……バチ……!
「まさか……お前ドローンを……!?」
「多分俺以外の人間も、お前は迷惑な存在だって思うだろう……爆発物を扱った放火の罪は重い」
「幸人……」
「もう一つお前に聞きたいことがあ——ウゥ……!ブフゥ……!?ゴホゴホ……ゴホゴホ!」
「幸人!?」
母は必死で彼にブレーキをかけていたのだが、限界突破を優に超えた未来察知は既にバーストしていた。それでも彼は——
「お前……お前の知っている範囲でいい!タワーにいる人間を教えろ!」
彼にとって救助要員で結婚式に招待されたなど、もはやどうでもいい。乗りかかった船ではないが、自分のせいで母を失った彼にとって、目の前で誰かが死ぬことは許されない。しかし——
ポタ……ポタ……
「もう限界だってのか……」
代償はより重くなる。遂に歯が抜け始めてしまった。
「英介……お前は避難したら警察に自首しろ……俺はこれ以上、他力本願の親友に付き合う余裕はないんでね……」
「自首はする……だけど!その前にお前が逃げろ!俺はどんな罰も受ける……お前に全財産あげてもいい!俺が責任持って残った人助けるから……!」
いくら反省して強く宣言しようが、彼が信用するはずがない。
「俺に頼った時点でお前には誰も救えねえんだよ……今のお前に救える命はない……自分に救える命があるかどうかは、あとは自分で考えろ……」
コツ……コツ……
「どこ行くんだよ……!?お前、死ぬつもりなのか……!?」
「破滅の未来なら、俺が変える……だからお前——!?」
ゴゴゴゴォ……!
「また爆発か……?」
彼は未来察知を使おうと耳に手を当てようとした。しかし!
「ウッ……!?」
物理的な力が働いていないのに、まるで人に止められているように彼の身体が固まる。なぜなら——
『もうダメ……あなたはもう限界どころじゃないの……お願いだからもうやめて……!ママ……また死ぬなんて嫌だよ……!』
「……!?また、死ぬ……!?」
彼はようやく、母の幻覚がここまでして止めようとしていた理由がわかった。幸人……その母親である千夏を知る人間は、もはや幸人しかいない。千夏には既に両親はおらず、兄妹すらいない。息子の死は、記憶の中から完全に消えてしまうことを意味している。本当はわかっている。自分だって、大好きな母を忘れたくないことを——
「うわぁー……!!」
「幸人!しっかりしろ……!」
「うぅ……うわぁー……!」
コツ……コツ……
「全く……勝手に行動されちゃ困るじゃないか……」
「う……!?間藤さん……!」
「……!?お前は……あの牧師……!?」
苦しむ彼の前に現れたのは、チャペルのときに聖書を読み上げていた牧師だった……!まさか?
ドゴッ……!
「グゥゥ……!?」
「お前はそもそも呼ばれていなかっただろ?」
「やめてください……!僕は本当に親友だから呼んだだけなんです……!」
「それなのにこの男のせいで計画が台無しなんだよ……生かしてはおけないな……」
シャキン……!
牧師のような男は苦しむ彼にナイフを向ける。しかし!
「グゥゥ……!グワァァ……!」
「うっ……!?何なんだこいつ……!?」
「俺に近づくな……!近づいたらお前の首、食い千切るぞ……!」
彼はゾンビ化した顔を利用し、歯を思い切り開いて威嚇した。この世のものとは思えない姿を見て慄く牧師は——
「やれ……!」
「許せ……幸人……!」
ビリビリビリ……!
「ウゥ……!」
ドテッ……!
「何……!?」
膝をついたものの、意識を手放すことはなかった。
「お前はじっくり懲罰房でしごいてやる……」
彼は手錠を持って牧師と英介に近づいた。しかし——
ピッ……
「じゃあな……」
ドガァァン……!
「チィ……!?」
ダッダッダッ……!
「英介!待て……!英介……!……クソが……!」
バリィーン……!
怒りのあまり展示物のガラスを割る。やはり英介は利用されていただけなのか?それとも本人の意思で爆破したのか?話を聞いただけではわからない……それでも英介の意思ではないと信じたかった。
「間藤か……お前の顔、覚えたぞ……」
……そうは言っても奴は初めて見た顔で覚える価値もないような男。メモを取るにしても似顔絵までは書けない。初めて会った男……男……
「……!そういえば……」
彼が思い出したのは、下着姿の女性を運んでいた男の人影。それに今さっき現れた間藤と呼ばれていた男、明らかにシルエットと雰囲気が同じだった。
『幸人……ママができることは、今日だけあなたの記憶を維持できることよ……でも、もうあなたの顔……身体は戻らないわ……あなたイケメンなのに、もったいない……じゃん……』
幻覚の中で泣かないでくれ……俺まで切なくなるだろ……もったいないどうこうの問題じゃないんだよ!俺の命以外にもったいないものはないだろ……
『我儘なのはわかっているけど、ママはもう死にたくない……!あなたの中で生きていきたい……!』
「大丈夫さ……俺はずっと、母さんを忘れたことなんてないよ……大好きだよ……」
ポタポタ……
明日記憶を失ったとしても、いざというときはメモ帳を見て思い返せばいい。伝説であろうが功績であろうが、そんなもの後世に語る必要はない。全て忘れてしまったとしても、将佑が覚えていてくれるならそれでいい。
松之原タワー 36階 美術館 21:37
「……ウゥ……!?ここはどこだ!?」
ギィィ……ギィィ……
どれくらい気を失っていたのだろうか?やっとのことで目を覚ました将佑だが、椅子に座った状態で両手は結束バンドで拘束されている。さらに——
「クソ……!俺の防火服どこ行った……!?」
着用していた防火服は奪われて下着姿だ。それに彼だけでなく——
「水口!瀬川……!?」
何とビル内で救助活動をしていた消防隊員たちが全て美術館で縛られていた。瀬川とは幸人に腹を殴られた不運な消防士。拘束されている人間は以下の通りだ。瀬川 大夢(32)、原田 豪(33)、水口 茉莉花(24)、杉本 麻耶(40)、浦田 太輔(57)、間宮 希穂(18)。彼を含め計7人だ。皆同様に防火服を奪われている……
「おい!おい……!?起きろ!」
必死で呼びかけるが彼以外気を失っている。そんな中——
「うぅ……小隊長……?ってキャア、エッチぃ……!?見ないで……!」
「落ち着け!今は言い争っている場合じゃない!」
「うぅぅん……稲田……?」
「浦田さん!お怪我ありませんか……?」
「何とかな……」
「浦田さん浦田さん……!小隊長が私のパンツ覗きました〜!」
「おい……」
目を覚ましたのは、今年消防士になったばかりの間宮希穂と、彼の上司である浦田太輔だった。彼は希穂に変態扱いされているが……
「間宮……!はぁ……ったく!」
「小隊長の変態!ハハハ……!」
「それだけ元気があるなら大丈夫だ……」
良くも悪くも希穂はギャル消防士。現場に入るときはアクセサリーを外しておけと言ったのに……
「稲田……お前声が……」
「……ボイラー室は何とか消火しました。ちょっと下手打ちましたが……」
部屋が暗くて顔の火傷には気づいていないようだが、声だけはどうしても誤魔化せない。
パシャッ……!
突然明るくなる美術館。
「眩し……!?小隊長……そのお顔?」
先ほどまで変態呼ばわりしていた希穂の態度が急に丁寧になる。
「消防士になってこんな火傷は初めてだよ……妻には何て説明しようか」
「お前がここまで傷を負うなんてな……」
「あいつに比べりゃ、こんなの痛くもかゆくもないですよ」
キィィン……
「……!誰だ!?」
コツ……コツ……
「お前は……タキシード男か?まさか結婚式の主役が俺を拉致るとは、いい根性しているな……?」
「……」
「幸人が言っていた親友は、お前のことか……?言えっ!?」
英介は静かに首を縦に振った。だがあの怯えた表情……とてもテロの首謀者とは思えなかった。
「許してくれ……こうするしかないんだ……!」
ビチャビチャ……
英介がぶち撒けたのはガソリン!いや、この匂いは灯油か?
「やめなさいよこのクソ男……!やめろ!」
「ちくしょう……!」
ギギギギ……!
「……!外れろ……!」
カチッ……シュッ……!
英介が冷たくジッポライターを点火させる。冷たい部屋の中が業火に包まれようとしている。それでも将佑は諦めない。フルパワーを込めて必死で結束バンドを引き千切ろうとしている。
ギギギギ……!
「ウワァー!」
ブチッ……!
「何……!?」
ドスッ……!
「うわっ……!」
火事場の馬鹿力で結束バンドを引き千切り英介へパンチ!英介の手からジッポライターが落ちる……
「よっと……アッチ!アッチ……!」
間一髪床に落ちることはなかった。本当にギリギリだった。
「小隊長!?ヤバ……カッコよ……」
難を逃れたのも束の間。
キュウィィン……
「今度は何だ……ってドローン……!?」
「マズい……弾丸が床に落ちたら……!」
こんなの聞いていないぞ……彼は火事場のプロであっても犯罪対策のプロではない。
「こうなったら一か八かだ……」
ドローンの駆動音を聞いた他の隊員も続いて目を覚ます。
「何これ……どうなってんのよ……!?」
「小隊長……!逃げてください!小隊長!」
「お前たちを置いて行けるわけないだろ……俺の仕事は、お前たちをちゃんと家に帰すことだ……」
キュウィィン……
彼が目をつけたのは英介が持っている銃型のスタンガン。相手は機械……機械にならきっと電流が効果的なはずだ……!
・現在タワーにいる要救助者は7人。その他将佑を除く消防隊員6名を含め、計13人。
・12月24日 21:48 タワー崩壊まで2時間12分



