2027年12月24日。今月グランドオープンしたばかりの高層ビル、『松之原タワー』。地上49階、ヘリポートが設置された屋上を含め全50階。1階から49階までショッピングモールやアミューズメントエリア、さらにプールやスポーツジムなども充実しているタワーだ。
松之原タワー 47階 結婚式場 14:25
この日、ちょうど非番の刑事、奥田 幸人(29)は親友の結婚式に参加すべく、結婚式場で受付をしていた。
「奥田幸人さんですね……どうぞこちらへ」
控え室に案内された彼はメモを見てスピーチの練習をしている。
「僕は幼い頃からこの英介君と……お弁当のおかずを交換……違うな。英介君の親御さんが作る卵焼きすごく美味しかった……違うな……」
「バレてっぞ?」
「……!?ちょっと待てよ……スピーチの練習を覗くのはマナー違反だぜ?」
後ろから彼に声をかけたのは今回の主役、新郎の西川 英介(29)。
「卵焼きチョイスしすぎだろ?」
「だって出汁が効いてて美味かったし……」
結婚式が始まるまであと10分もない。最悪スピーチはぶっつけ本番でやろう!そんなとき、
「新婦様のヘアメイクが終わりました!まだもう少しお時間ありますので休憩しててください」
「あの人奥さんだよな?綺麗だな」
「綺麗すぎて仕方ないよ!」
ヘアメイクを終えて来たのはウェディングドレスに身を包んだ新婦の西川 芹香(32)。初めてウェディングドレスの女性を見て憧れの感情が生まれる。でも自分には人を好きになったり、子どもを育てたりするのは夢のまた夢の話だ。奥田幸人は明るく振る舞っていることが多いものの、彼の精神状態は常に危うく、結婚式が始まる前に1リットルの酒を飲み干している。酒を飲みながら、並んでいる料理を前にして、
「……」
「どうした?」
「何でもない……」
サラダや魚料理など、一通り手をつけているのだが唯一食べていないものがあった。
「いらないのか?」
「もう腹いっぱいだな……」
彼はある料理を前にするとなぜか黙り込み、それに一切手をつけないどころか、他の人が食べている姿も見ない。彼はすぐ視線を逸らすと注がれたワインをぐびぐびと飲む。再びスタッフにワインを注いでもらった直後……
ザザッ……ボフッ……
「はーい!それではそろそろチャペルのお時間になります!」
「よし!ちゃんと撮ってやるから良い顔でいけよ!」
それでも今日は親友の結婚式だ!自分が暗くなっていてはいけない!さてと
ギィ……コツコツ……
新郎が入場し、そして新婦が父親の真也(60)と共に入場。そして
「これより、新郎英介様、新婦芹香様の結婚式を執り行います」
ここから指輪の交換をして誓いのキスか。やはり親友として見るだけでも緊張する……きちんとカメラに収めておかなければ……!これから幸せが始まる結婚式だが、このとき既に不穏な影が刻一刻と近づいていた。
「誓います……」
「あなたは新郎英介様を夫とし、健やかなるときも、病めるときも、支え続けることを誓いますか?」
「はい、誓いま……」
ブツッ……!
「えっ!?」
「停電……!?」
「皆さん落ち着いてください!すぐ対処いたします!」
新婦が誓いの言葉を告げる前に突如襲ってきた停電。幸人は酔っていた感覚が一気に覚めたように身体を低くする。しかし停電から1分もしない内に……
ゴゴゴー……!
「おい何なんだ今の音……!?」
「地震……!?」
「いや待て!これは地震って感じじゃない!」
地震なら、当然建物の下から揺れが伝わる。だが彼が感じ取った揺れは47階にいるのに明らかに小さい。地震とは違う。
「皆さんもう間もなく復旧します!安全が確認され次第結婚式を再開します!」
カチッ……
「うわ眩し……!」
一体今の停電と変な揺れは何だ?考えるだけだと、誰かが意図的に揺らしたとしか考えられない。それでも気を取り直して祭壇の方へ目を移すが、
「あれ?英介!英介ー!?」
「新郎様がいない!トイレですかね?」
「待て!こんな暗闇の中でトイレなんか行けるか……とりあえず探すぞ!」
停電から復旧まで数分程度だった。忽然と姿を消した英介、一体どこへ行ってしまった?彼は目を見開き、
「みんな!今日は各自帰るんだ!それに停電が起きてたってことはどこか設備に異常があるのかもしれない!」
通常なら安全が確認され次第結婚式を再開するものだが、今日ばかりはそうもいかないようだ。参列者は幸人を含め8人。スタッフや牧師を合わせると、この場には15人いた。損失は大きいが今は皆の安全を確保することが先決だ。英介がいれば16人だが、部屋中を探し、さらにテーブルクロスの下を見ても見つからない……とりあえずすぐに避難できるよう芹香はウェディングドレスから私服へ着替え、そのまま式場のスタッフに誘導されながらエレベーターに乗り込む。彼はスマホで同僚に捜査協力を仰ごうとするが、
コツコツ……
「あなたも来てたのね?」
「……?陽菜?久しぶりだな……」
彼に声をかけたのは元妻の成瀬 陽菜(27)。1年前に離婚したばかりだが、今日は彼と同じく英介と芹香の結婚式に参列していた。
「怪我はないか……?」
「大丈夫よ……」
「よかった……」
離婚の原因は自分にある。だからこそ虚しくなる……昔から言い方がキツかったり、当たりが強いことを理解していたのにやってしまった。
「さっき皆の前で帰れって言ったときもそう……結局上の許可を取る前に自分で判断してやったんでしょ……?」
「そうだけど……陽菜には俺のことなんてわかることはないよ……」
「やっぱり……私はあなたの真っ直ぐなとこに惚れて好きになったけど、結局全部自分しか信じてないじゃん……?だから私は言ったんだよ……もっと自分以外も信じろって」
「俺だって努力はし――」
ゴゴゴゴゴ……!
「また揺れが……!?」
彼は陽菜を抱き締めるようにして、揺れが収まるのを待った。この揺れはさっきのより大きい……その直後!
ガシャン!キィィ……!
「何今の!?」
鳴り響いたのは衝突音のような音と共に甲高いワイヤーのような音。ワイヤー……
「まさかエレベーターか!?」
エレベーターならついさっき芹香と式場の女性スタッフが乗り込んだはず……明らかに音がした方向はそのエレベーター。彼は冷や汗をかきながらエレベーターの扉をこじ開ける。
ミシ……!ギギギ……!ガコン!
エレベーターの扉を開けると既に誰もいない。だが目を凝らして下を見ると――
バチッバチッ……
火花が散って降下したエレベーターが……!中に人がいるかもしれない!
「おーい!誰かいるかー!?」
すると
「はい!芹香さんと一緒です……!」
微かだが聞こえる。揺れの後エレベーターが降下しておそらく44階と43階の間に宙吊りになってしまったようだ。見るからに故障して閉じ込められている。44階からなら救出できそうだ。女性の力で扉をこじ開けるのは無理だろう。ここは助けに行かなければ!
「聞いてくれ!今助けに行く!だからそれまで……!?」
「どうしたの幸人……?」
彼は一瞬の沈黙を置いて目を閉じる。左耳に手を当てた。耳を澄ませているのか?
「ちょっとぉ……?」
「……!」
目の前の緊急事態に彼の表情が強張る。一体何を見た?
「……!陽菜は早く避難するんだ!なるべく階段か……従業員専用入り口を行けば貨物用エレベーターがある!」
「幸人はどうすんのよ!?」
「助けに行く!陽菜は引っ込んでろ……」
「そんな危険よ!?レスキュー呼ばなきゃ!」
「今は悠長にしていられねぇ!」
「ちょ……ちょっと!」
ドッドッドッ!
彼はスーツの蝶ネクタイを外して放り投げると、そのまま階段を猛ダッシュで駆け降りる。彼は走りながら周囲にある物をザッと見渡し、
ガチッ……
エレベーターに向かう道中で両手に持ったものは手斧と壁に取りつけられたホース。一体何に使うのか?それに向かった先は何と45階。そこに行っても意味がないはずだが――
ガンッ……!
かなり慣れた手つきで手斧でホースの先端部分を切り落とし、そのままエレベーターの扉を破壊。強引にこじ開けた扉から身体を出すと、
「フッ……!」
エレベーターのカゴ上にある引っかけ部分にホースを厳重にグルグル巻きに結んだ。助けるのが先決なはずだが、一体何をするつもりだ……?取りつけが終わるとそのままダッシュで階段を降り――
松之原タワー 44階 ホテルルームエリア 14:36
「よく聞いてくれ!今から扉をぶっ壊す!下がってろ!」
「扉を壊す!?どういうこと……!?」
芹香は突然のことにパニックを起こす。だが彼は返答を待つことなく――
ガシャーン!ガシャーン……!
扉を破壊すると当然ながら轟音が鳴り響く。先程は両手でこじ開けていたのにどうして強引に手斧で扉を破壊するのだろうか?幸いにも常人離れしたパワーで扉は開かれ――
「えっ……幸人さん……!?」
「……!?」
44階のエレベーターの扉を開けたが、彼の想像通り44階と43階の間に宙吊りになっているため、救出できる間隔は人一人がスルッと出られるほどの隙間もない。
「さあ早くこっちへ!時間がない……!」
だが突然の事態に芹香の行動が遅れ……
ギイィーン……!
「何の音……!?」
「時間がない早くしろ……!手を伸ばせ!どっちが先でもいい早く!」
「うぅ……わかりました……」
女性スタッフの滝澤 朱里は芹香を先に助けることを選ぶ。
「あなたから行ってください!」
「む……無理ですよ!こんな隙間……」
「怖いまま死にたいか!?」
「し……死にたい……!?」
つい声が出てしまったが、このまま出ないことには死を待つことに繋がる。彼の耳は常人より優れた聴力を持つため、次に起こりうる事態を想像していた。もう時間がない……!
「せーので押してくれ!」
「わかりました!いきますよ……」
「せーの!」
「キャア……!」
バタンッ……!
「よし!次はあんただ!」
幸い朱里の身体はかなり細身で手を引っ張れば出られそうだ。手を掴むと、なぜか目を閉じてそのまま左耳を押さえる。一呼吸を置き――
「俺が合図したらジャンプしろ!」
「わ……わかりました……」
「いちにっさん!で行くぞ!いいか……いちにっ……!」
「さんっ!」
「フッ……!」
バタンッ……!
彼の合図に合わせてジャンプした朱里は両足のハイヒールが脱げながらも脱出に成功!
「もう大丈夫だ!」
無事救出に成功!と思いきや――
バチッ……ヒューーン!……ドガーーン!!
「キャア……!?」
「イヤぁー……!?」
「……!」
何とエレベーターのワイヤーがバチッ!と大きな音を立て、宙吊りになっていたエレベーターが真っ逆さまに落下し、ビル全体に鳴り響きそうな轟音の爆発音が鳴り響いた。ギリギリだった……ジェットコースターよりも速い落下速度で落ちたエレベーターに乗り、爆発に巻き込まれていたらどうなるかは……言うまでもないだろう。
「急ぐぞ……」
芹香と朱里は腰を抜かしたままだが、
「芹香さん……立てそうか?」
「は……はい……」
幸せな結婚式だったはずなのにエレベーターに閉じ込められた上、落下からの爆発音を聞いた。数分で起きた未曾有の危機。瞬きも忘れるくらい動けなくなるのは当然だ。
「悪いが手伝ってくれ」
「……」
「あんたまだ勤務中だろ?裸足でも制服着てんだからプロ意識持ったらどうだ?」
ダメだ、スタッフの朱里の方がダウンしている……後から救出された朱里の場合数秒でも遅れていたらエレベーターごと地面に真っ逆さまだったのだ。それでも安全な場所へ避難させるのが彼の信念。朱里をおんぶすると、
「あの幸人さん……あの、何が起きているんですか?」
「……」
「あぁ……」
「悪いが、今は芹香さんとこの人を安全なところに運ぶ。また揺れるかもしれない」
彼の表情に揺らぎは見られない。
「よっと……俺についてきてくれ、はぐれるなよ」
「はい……」
彼の読みでは、ビルの爆発音や一部の火災に驚いた市民が通報して消防隊かレスキューが手配されているだろう。何人規模で来るかはわからないが、あくまで要救助者を引き渡す役には十分だ。
「どこ向かうんですか?」
彼は芹香の問いかけに耳を傾けない。それも薄目気味に前を見ながら歩いている。
「(港区の消防署ならすぐにでも駆けつけるはずだ。臨海にそびえ立つタワーならどう梯子車を設置するつもりだ?)」
幸いエレベーターは各階の数か所に設置されている。その中から故障していないエレベーターに乗り込む。
松之原タワー 3階 食品売場 14:45
「ここ何階ですか?」
「3階だ。そろそろ救助隊の類が来るはずだ……」
「来る?」
すると彼の読み通りなのか、それともたまたまなのか、
ガシャ!ダダダダ……!
「大丈夫ですか!?こっちです!」
一人の消防士が声をかける。
「この2人を頼む。この人はショックでうまく歩けそうにない!」
「わかった!さあこっちへ!」
芹香と朱里を保護したのは港区万里江田消防署、ポンプ隊と救助隊を率いるベテラン消防士の稲田 将佑(35)。消防司令補で救助小隊長を務める叩き上げだ。
西川芹香(32) 救助
滝澤朱里(25) 救助
「あんたはどこの何者だ?民間人には見えないが」
彼は静かにポケットから警察手帳を見せる。
「これで十分か?」
「同じ街の警官か。俺は消防司令補の稲田将佑だ。それよりビルの中で何が起きているのか聞かせてくれないか?」
「聞いてどうする?火元ならさっきの音でわかるはずだが……」
「まさか爆発か?何か引火したりしたのか?」
「いや……そうじゃない。事故じゃなくてこのビルは事件が起きている……」
「何……」
2人の会話を聞いていた消防隊員は事件と聞いて目配せをする。
「事件って何だ?」
「教えない……警察の機密事項だから」
「さっきから勝手なことばっか!」
「止せ!」
まるで煽るような態度に腹を立てたのはポンプ隊の原田 豪(33)。
「この件は火元の原因も兼ねて俺たちで調査する。警官とはいえ火事場じゃ素人だ。先に避難してくれ」
すると彼は含みのある笑みを浮かべる。
「ハハハ……俺が避難か?笑わせる……」
彼は軽く目を閉じた後、再び開く。
「犯罪捜査の素人に任せられるわけないでしょ……」
「何だとお前!?」
「あんた、いい加減に!」
「そもそもこうやって言い合っている暇ないんじゃないか?」
「何?」
ゴゴゴゴゴ……!
「……!?皆伏せろぉ!!」
ズゴォォン……!
「何だ今の音?」
「まさか本当に爆発が!?ってあの男どこ行った!?」
再び視線を移しても幸人の姿は見当たらない。あのどさくさに紛れてどこかへと去ったのか、もう見えなくなっていた。
「小隊長!あの男怪しすぎませんか!?」
まるでわかっていたように彼の発言の直後にあの音が鳴り響いたんだ。誰が見ても疑うだろう。もしそうなら警察官が引き起こした事件として世間は大混乱に陥ること間違いなしだ。
「小隊長……?」
「あの男のことはとりあえず放っておけ……」
将佑は部下の方へ振り向く。
「皆聞いてくれ!この先は各部隊で担当エリアを予定通りに分ける!エレベーターを使う場合は注意するんだ!」
「了解!」
将佑は皆から慕われる理想の上司。今回の救助活動に参加した隊員たちは彼に憧れを持っている。
「皆!俺や消防学校で学んだことを思い出せ!俺は皆のことを信じている……皆行くぞ!」
「オー!!」
こうして稲田将佑率いる7人の消防隊員による、誇りをかけた壮絶な救助作戦が幕を開けることになる。
・西川芹香、滝澤朱里の救出により現在タワーにいる人物は確認できるだけで奥田幸人を除き残り13人(西川英介含む)。
・12月24日 14:50
松之原タワー 47階 結婚式場 14:25
この日、ちょうど非番の刑事、奥田 幸人(29)は親友の結婚式に参加すべく、結婚式場で受付をしていた。
「奥田幸人さんですね……どうぞこちらへ」
控え室に案内された彼はメモを見てスピーチの練習をしている。
「僕は幼い頃からこの英介君と……お弁当のおかずを交換……違うな。英介君の親御さんが作る卵焼きすごく美味しかった……違うな……」
「バレてっぞ?」
「……!?ちょっと待てよ……スピーチの練習を覗くのはマナー違反だぜ?」
後ろから彼に声をかけたのは今回の主役、新郎の西川 英介(29)。
「卵焼きチョイスしすぎだろ?」
「だって出汁が効いてて美味かったし……」
結婚式が始まるまであと10分もない。最悪スピーチはぶっつけ本番でやろう!そんなとき、
「新婦様のヘアメイクが終わりました!まだもう少しお時間ありますので休憩しててください」
「あの人奥さんだよな?綺麗だな」
「綺麗すぎて仕方ないよ!」
ヘアメイクを終えて来たのはウェディングドレスに身を包んだ新婦の西川 芹香(32)。初めてウェディングドレスの女性を見て憧れの感情が生まれる。でも自分には人を好きになったり、子どもを育てたりするのは夢のまた夢の話だ。奥田幸人は明るく振る舞っていることが多いものの、彼の精神状態は常に危うく、結婚式が始まる前に1リットルの酒を飲み干している。酒を飲みながら、並んでいる料理を前にして、
「……」
「どうした?」
「何でもない……」
サラダや魚料理など、一通り手をつけているのだが唯一食べていないものがあった。
「いらないのか?」
「もう腹いっぱいだな……」
彼はある料理を前にするとなぜか黙り込み、それに一切手をつけないどころか、他の人が食べている姿も見ない。彼はすぐ視線を逸らすと注がれたワインをぐびぐびと飲む。再びスタッフにワインを注いでもらった直後……
ザザッ……ボフッ……
「はーい!それではそろそろチャペルのお時間になります!」
「よし!ちゃんと撮ってやるから良い顔でいけよ!」
それでも今日は親友の結婚式だ!自分が暗くなっていてはいけない!さてと
ギィ……コツコツ……
新郎が入場し、そして新婦が父親の真也(60)と共に入場。そして
「これより、新郎英介様、新婦芹香様の結婚式を執り行います」
ここから指輪の交換をして誓いのキスか。やはり親友として見るだけでも緊張する……きちんとカメラに収めておかなければ……!これから幸せが始まる結婚式だが、このとき既に不穏な影が刻一刻と近づいていた。
「誓います……」
「あなたは新郎英介様を夫とし、健やかなるときも、病めるときも、支え続けることを誓いますか?」
「はい、誓いま……」
ブツッ……!
「えっ!?」
「停電……!?」
「皆さん落ち着いてください!すぐ対処いたします!」
新婦が誓いの言葉を告げる前に突如襲ってきた停電。幸人は酔っていた感覚が一気に覚めたように身体を低くする。しかし停電から1分もしない内に……
ゴゴゴー……!
「おい何なんだ今の音……!?」
「地震……!?」
「いや待て!これは地震って感じじゃない!」
地震なら、当然建物の下から揺れが伝わる。だが彼が感じ取った揺れは47階にいるのに明らかに小さい。地震とは違う。
「皆さんもう間もなく復旧します!安全が確認され次第結婚式を再開します!」
カチッ……
「うわ眩し……!」
一体今の停電と変な揺れは何だ?考えるだけだと、誰かが意図的に揺らしたとしか考えられない。それでも気を取り直して祭壇の方へ目を移すが、
「あれ?英介!英介ー!?」
「新郎様がいない!トイレですかね?」
「待て!こんな暗闇の中でトイレなんか行けるか……とりあえず探すぞ!」
停電から復旧まで数分程度だった。忽然と姿を消した英介、一体どこへ行ってしまった?彼は目を見開き、
「みんな!今日は各自帰るんだ!それに停電が起きてたってことはどこか設備に異常があるのかもしれない!」
通常なら安全が確認され次第結婚式を再開するものだが、今日ばかりはそうもいかないようだ。参列者は幸人を含め8人。スタッフや牧師を合わせると、この場には15人いた。損失は大きいが今は皆の安全を確保することが先決だ。英介がいれば16人だが、部屋中を探し、さらにテーブルクロスの下を見ても見つからない……とりあえずすぐに避難できるよう芹香はウェディングドレスから私服へ着替え、そのまま式場のスタッフに誘導されながらエレベーターに乗り込む。彼はスマホで同僚に捜査協力を仰ごうとするが、
コツコツ……
「あなたも来てたのね?」
「……?陽菜?久しぶりだな……」
彼に声をかけたのは元妻の成瀬 陽菜(27)。1年前に離婚したばかりだが、今日は彼と同じく英介と芹香の結婚式に参列していた。
「怪我はないか……?」
「大丈夫よ……」
「よかった……」
離婚の原因は自分にある。だからこそ虚しくなる……昔から言い方がキツかったり、当たりが強いことを理解していたのにやってしまった。
「さっき皆の前で帰れって言ったときもそう……結局上の許可を取る前に自分で判断してやったんでしょ……?」
「そうだけど……陽菜には俺のことなんてわかることはないよ……」
「やっぱり……私はあなたの真っ直ぐなとこに惚れて好きになったけど、結局全部自分しか信じてないじゃん……?だから私は言ったんだよ……もっと自分以外も信じろって」
「俺だって努力はし――」
ゴゴゴゴゴ……!
「また揺れが……!?」
彼は陽菜を抱き締めるようにして、揺れが収まるのを待った。この揺れはさっきのより大きい……その直後!
ガシャン!キィィ……!
「何今の!?」
鳴り響いたのは衝突音のような音と共に甲高いワイヤーのような音。ワイヤー……
「まさかエレベーターか!?」
エレベーターならついさっき芹香と式場の女性スタッフが乗り込んだはず……明らかに音がした方向はそのエレベーター。彼は冷や汗をかきながらエレベーターの扉をこじ開ける。
ミシ……!ギギギ……!ガコン!
エレベーターの扉を開けると既に誰もいない。だが目を凝らして下を見ると――
バチッバチッ……
火花が散って降下したエレベーターが……!中に人がいるかもしれない!
「おーい!誰かいるかー!?」
すると
「はい!芹香さんと一緒です……!」
微かだが聞こえる。揺れの後エレベーターが降下しておそらく44階と43階の間に宙吊りになってしまったようだ。見るからに故障して閉じ込められている。44階からなら救出できそうだ。女性の力で扉をこじ開けるのは無理だろう。ここは助けに行かなければ!
「聞いてくれ!今助けに行く!だからそれまで……!?」
「どうしたの幸人……?」
彼は一瞬の沈黙を置いて目を閉じる。左耳に手を当てた。耳を澄ませているのか?
「ちょっとぉ……?」
「……!」
目の前の緊急事態に彼の表情が強張る。一体何を見た?
「……!陽菜は早く避難するんだ!なるべく階段か……従業員専用入り口を行けば貨物用エレベーターがある!」
「幸人はどうすんのよ!?」
「助けに行く!陽菜は引っ込んでろ……」
「そんな危険よ!?レスキュー呼ばなきゃ!」
「今は悠長にしていられねぇ!」
「ちょ……ちょっと!」
ドッドッドッ!
彼はスーツの蝶ネクタイを外して放り投げると、そのまま階段を猛ダッシュで駆け降りる。彼は走りながら周囲にある物をザッと見渡し、
ガチッ……
エレベーターに向かう道中で両手に持ったものは手斧と壁に取りつけられたホース。一体何に使うのか?それに向かった先は何と45階。そこに行っても意味がないはずだが――
ガンッ……!
かなり慣れた手つきで手斧でホースの先端部分を切り落とし、そのままエレベーターの扉を破壊。強引にこじ開けた扉から身体を出すと、
「フッ……!」
エレベーターのカゴ上にある引っかけ部分にホースを厳重にグルグル巻きに結んだ。助けるのが先決なはずだが、一体何をするつもりだ……?取りつけが終わるとそのままダッシュで階段を降り――
松之原タワー 44階 ホテルルームエリア 14:36
「よく聞いてくれ!今から扉をぶっ壊す!下がってろ!」
「扉を壊す!?どういうこと……!?」
芹香は突然のことにパニックを起こす。だが彼は返答を待つことなく――
ガシャーン!ガシャーン……!
扉を破壊すると当然ながら轟音が鳴り響く。先程は両手でこじ開けていたのにどうして強引に手斧で扉を破壊するのだろうか?幸いにも常人離れしたパワーで扉は開かれ――
「えっ……幸人さん……!?」
「……!?」
44階のエレベーターの扉を開けたが、彼の想像通り44階と43階の間に宙吊りになっているため、救出できる間隔は人一人がスルッと出られるほどの隙間もない。
「さあ早くこっちへ!時間がない……!」
だが突然の事態に芹香の行動が遅れ……
ギイィーン……!
「何の音……!?」
「時間がない早くしろ……!手を伸ばせ!どっちが先でもいい早く!」
「うぅ……わかりました……」
女性スタッフの滝澤 朱里は芹香を先に助けることを選ぶ。
「あなたから行ってください!」
「む……無理ですよ!こんな隙間……」
「怖いまま死にたいか!?」
「し……死にたい……!?」
つい声が出てしまったが、このまま出ないことには死を待つことに繋がる。彼の耳は常人より優れた聴力を持つため、次に起こりうる事態を想像していた。もう時間がない……!
「せーので押してくれ!」
「わかりました!いきますよ……」
「せーの!」
「キャア……!」
バタンッ……!
「よし!次はあんただ!」
幸い朱里の身体はかなり細身で手を引っ張れば出られそうだ。手を掴むと、なぜか目を閉じてそのまま左耳を押さえる。一呼吸を置き――
「俺が合図したらジャンプしろ!」
「わ……わかりました……」
「いちにっさん!で行くぞ!いいか……いちにっ……!」
「さんっ!」
「フッ……!」
バタンッ……!
彼の合図に合わせてジャンプした朱里は両足のハイヒールが脱げながらも脱出に成功!
「もう大丈夫だ!」
無事救出に成功!と思いきや――
バチッ……ヒューーン!……ドガーーン!!
「キャア……!?」
「イヤぁー……!?」
「……!」
何とエレベーターのワイヤーがバチッ!と大きな音を立て、宙吊りになっていたエレベーターが真っ逆さまに落下し、ビル全体に鳴り響きそうな轟音の爆発音が鳴り響いた。ギリギリだった……ジェットコースターよりも速い落下速度で落ちたエレベーターに乗り、爆発に巻き込まれていたらどうなるかは……言うまでもないだろう。
「急ぐぞ……」
芹香と朱里は腰を抜かしたままだが、
「芹香さん……立てそうか?」
「は……はい……」
幸せな結婚式だったはずなのにエレベーターに閉じ込められた上、落下からの爆発音を聞いた。数分で起きた未曾有の危機。瞬きも忘れるくらい動けなくなるのは当然だ。
「悪いが手伝ってくれ」
「……」
「あんたまだ勤務中だろ?裸足でも制服着てんだからプロ意識持ったらどうだ?」
ダメだ、スタッフの朱里の方がダウンしている……後から救出された朱里の場合数秒でも遅れていたらエレベーターごと地面に真っ逆さまだったのだ。それでも安全な場所へ避難させるのが彼の信念。朱里をおんぶすると、
「あの幸人さん……あの、何が起きているんですか?」
「……」
「あぁ……」
「悪いが、今は芹香さんとこの人を安全なところに運ぶ。また揺れるかもしれない」
彼の表情に揺らぎは見られない。
「よっと……俺についてきてくれ、はぐれるなよ」
「はい……」
彼の読みでは、ビルの爆発音や一部の火災に驚いた市民が通報して消防隊かレスキューが手配されているだろう。何人規模で来るかはわからないが、あくまで要救助者を引き渡す役には十分だ。
「どこ向かうんですか?」
彼は芹香の問いかけに耳を傾けない。それも薄目気味に前を見ながら歩いている。
「(港区の消防署ならすぐにでも駆けつけるはずだ。臨海にそびえ立つタワーならどう梯子車を設置するつもりだ?)」
幸いエレベーターは各階の数か所に設置されている。その中から故障していないエレベーターに乗り込む。
松之原タワー 3階 食品売場 14:45
「ここ何階ですか?」
「3階だ。そろそろ救助隊の類が来るはずだ……」
「来る?」
すると彼の読み通りなのか、それともたまたまなのか、
ガシャ!ダダダダ……!
「大丈夫ですか!?こっちです!」
一人の消防士が声をかける。
「この2人を頼む。この人はショックでうまく歩けそうにない!」
「わかった!さあこっちへ!」
芹香と朱里を保護したのは港区万里江田消防署、ポンプ隊と救助隊を率いるベテラン消防士の稲田 将佑(35)。消防司令補で救助小隊長を務める叩き上げだ。
西川芹香(32) 救助
滝澤朱里(25) 救助
「あんたはどこの何者だ?民間人には見えないが」
彼は静かにポケットから警察手帳を見せる。
「これで十分か?」
「同じ街の警官か。俺は消防司令補の稲田将佑だ。それよりビルの中で何が起きているのか聞かせてくれないか?」
「聞いてどうする?火元ならさっきの音でわかるはずだが……」
「まさか爆発か?何か引火したりしたのか?」
「いや……そうじゃない。事故じゃなくてこのビルは事件が起きている……」
「何……」
2人の会話を聞いていた消防隊員は事件と聞いて目配せをする。
「事件って何だ?」
「教えない……警察の機密事項だから」
「さっきから勝手なことばっか!」
「止せ!」
まるで煽るような態度に腹を立てたのはポンプ隊の原田 豪(33)。
「この件は火元の原因も兼ねて俺たちで調査する。警官とはいえ火事場じゃ素人だ。先に避難してくれ」
すると彼は含みのある笑みを浮かべる。
「ハハハ……俺が避難か?笑わせる……」
彼は軽く目を閉じた後、再び開く。
「犯罪捜査の素人に任せられるわけないでしょ……」
「何だとお前!?」
「あんた、いい加減に!」
「そもそもこうやって言い合っている暇ないんじゃないか?」
「何?」
ゴゴゴゴゴ……!
「……!?皆伏せろぉ!!」
ズゴォォン……!
「何だ今の音?」
「まさか本当に爆発が!?ってあの男どこ行った!?」
再び視線を移しても幸人の姿は見当たらない。あのどさくさに紛れてどこかへと去ったのか、もう見えなくなっていた。
「小隊長!あの男怪しすぎませんか!?」
まるでわかっていたように彼の発言の直後にあの音が鳴り響いたんだ。誰が見ても疑うだろう。もしそうなら警察官が引き起こした事件として世間は大混乱に陥ること間違いなしだ。
「小隊長……?」
「あの男のことはとりあえず放っておけ……」
将佑は部下の方へ振り向く。
「皆聞いてくれ!この先は各部隊で担当エリアを予定通りに分ける!エレベーターを使う場合は注意するんだ!」
「了解!」
将佑は皆から慕われる理想の上司。今回の救助活動に参加した隊員たちは彼に憧れを持っている。
「皆!俺や消防学校で学んだことを思い出せ!俺は皆のことを信じている……皆行くぞ!」
「オー!!」
こうして稲田将佑率いる7人の消防隊員による、誇りをかけた壮絶な救助作戦が幕を開けることになる。
・西川芹香、滝澤朱里の救出により現在タワーにいる人物は確認できるだけで奥田幸人を除き残り13人(西川英介含む)。
・12月24日 14:50


