恋が終わっても、人生は続いていく



「……送る」

その一言が、すべての始まりだった。



仕事終わり。

いつものように、並んで歩く帰り道。



「別に大丈夫よ」

そう言ったのに。



「同じ方向なんで」

軽く返される。



結局、

断りきれなかった。



(まただ)



距離が、少しずつ近くなる。



意識しているのは、

きっと自分だけ。





マンションの前。



「ここでいいわ」

足を止める。



「……はい」

玲央も止まる。



沈黙。



いつもなら、ここで終わる。



「じゃあ――」

そう言って、

別れるはずだった。





なのに。





「ちょっと、飲みません?」



「……え?」



唐突な提案。



「コンビニで買ってきて、軽く」



軽い口調。



いつもと同じ。





(ダメでしょ)



頭では、すぐにそう思う。



こんな時間に。

男を。

部屋に。





(ありえない)



普通なら、断る。



絶対に。





でも。





「……少しだけよ」



気づけば、そう答えていた。





(何やってるの、私)



自分で、自分に驚く。





部屋のドアを開ける。



誰かを入れるなんて、

久しぶりだった。





「お邪魔します」



自然に入ってくる。



まるで、

何度も来たことがあるみたいに。





(ほんとに、何この子)





テーブルに並べる、

簡単なお酒とつまみ。



「意外とちゃんとしてる」



「どういう意味?」



「もっと殺風景かと思ってた」





軽く笑う。





(やっぱり、距離おかしい)





二人で座る。



近い。



この空間に、

二人だけ。





少しだけ、沈黙。





「先輩って」



「なに?」



「こういうの、あんまりしなさそうですよね」





図星だった。





「……しないわよ、普通は」





「ですよね」





でも。





「なんで今日はいいんですか?」





その問いに、

言葉が詰まる。





(なんで……)





わからない。





ただ。





「……気分」





そう答えるしかなかった。





玲央は、

少しだけ笑った。





「じゃあ、ラッキー」





その言葉に、

また少しだけ揺れる。





お酒を一口。



少しだけ、強い。





「顔、赤いっすよ」





「うるさい」





そう言いながら、

少しだけ笑ってしまう。





距離が、

近くなる。





自然に。





(ダメ)



そう思うのに。





離れない。





「先輩」





名前を呼ばれる。





その距離で。





目が、合う。





逸らせない。





「……何」





声が、少しだけ低くなる。





玲央は、

何も言わないまま、

少しだけ近づいた。





(来る)





わかる。





止めなきゃ。





止めないと。





でも。





動けない。





(どうして)





そのまま。





触れられる。





一瞬だけ。



軽く。





でも。





それだけで、

全部が変わるには、十分だった。





「……嫌ですか」





低い声。





「……嫌じゃ、ない」





それが答えだった。





そのまま、

距離が消える。





理性が、

ほどけていく。





(ダメだって、わかってるのに)





止まらない。





その夜。





一線を越えた。





朝。





シャワーの音。





水音が止まる。





少しして。





「……先輩」





振り返る。





タオルを肩にかけたまま、

玲央が出てくる。





濡れた髪。



無防備な姿。





(……何これ)





視線を逸らす。





「見すぎ」





「見てない」





軽く笑う声。





まるで、

何事もなかったみたいに。





でも。





(戻れない)





もう、

昨日までの距離には。





戻れない。





わかってる。





これは、

始まりじゃない。





終わりの始まりだ。





それでも。





もう、

遅かった。