夜は、少しだけ嘘をつく。
昼間なら口にできないことも、
グラスに触れた指先と一緒に、ゆっくりとほどけていく。
扉を開けると、柔らかな音が鳴った。
小さなバーだった。
カウンターだけの、静かな空間。
「いらっしゃいませ」
低く落ち着いた声。
グラスを磨いていたバーテンダーが、顔を上げる。
ここは、偶然が重なる場所だ。
その夜も、そうだった。
最初に来たのは、二十代くらいの女性だった。
どこか怯えるような目をして、静かに席に座る。
「……おすすめ、ありますか」
少しだけ震えた声。
「そうですね。優しいものにしますか」
彼はそう言って、シェイカーを手に取った。
――そのあと。
ドアの音が、もう一度鳴る。
三十代の女性。
少し疲れたように笑って、「強いの、お願いします」と言った。
さらに、もう一人。
四十代の女性が、迷いのない足取りで入ってくる。
「同じのを」
そう言って、先に来ていた二人の隣に座った。
不思議と、三人は同じ空気をまとっていた。
少しだけ似ている。
――失った人の匂いがした。
グラスが並ぶ。
氷が静かに鳴る。
そして、誰ともなく言った。
「……失恋って、何歳になっても痛いですね」
その一言で、夜はほどけた。
「……私、好きになった人が、いなくなるんです」
ぽつりと、彼女は言った。
グラスの中の氷を見つめたまま。
誰も、すぐには言葉を返さなかった。
「高校のときも……好きだった人、病気で亡くなって」
一度、息を飲む。
「それで、もう恋なんてしないって思ってたのに」
少しだけ笑う。
でも、その笑いは崩れかけていた。
「また、好きになっちゃって」
――間。
「今度は……事故で」
カウンターに、静寂が落ちる。
バーテンダーが、静かに新しいグラスを置いた。
彼女は、それを見つめて、呟く。
「私が好きになると、その人、いなくなるんです」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
呪いみたいだった。
「だからもう……誰も好きにならない方がいいんだって」
昼間なら口にできないことも、
グラスに触れた指先と一緒に、ゆっくりとほどけていく。
扉を開けると、柔らかな音が鳴った。
小さなバーだった。
カウンターだけの、静かな空間。
「いらっしゃいませ」
低く落ち着いた声。
グラスを磨いていたバーテンダーが、顔を上げる。
ここは、偶然が重なる場所だ。
その夜も、そうだった。
最初に来たのは、二十代くらいの女性だった。
どこか怯えるような目をして、静かに席に座る。
「……おすすめ、ありますか」
少しだけ震えた声。
「そうですね。優しいものにしますか」
彼はそう言って、シェイカーを手に取った。
――そのあと。
ドアの音が、もう一度鳴る。
三十代の女性。
少し疲れたように笑って、「強いの、お願いします」と言った。
さらに、もう一人。
四十代の女性が、迷いのない足取りで入ってくる。
「同じのを」
そう言って、先に来ていた二人の隣に座った。
不思議と、三人は同じ空気をまとっていた。
少しだけ似ている。
――失った人の匂いがした。
グラスが並ぶ。
氷が静かに鳴る。
そして、誰ともなく言った。
「……失恋って、何歳になっても痛いですね」
その一言で、夜はほどけた。
「……私、好きになった人が、いなくなるんです」
ぽつりと、彼女は言った。
グラスの中の氷を見つめたまま。
誰も、すぐには言葉を返さなかった。
「高校のときも……好きだった人、病気で亡くなって」
一度、息を飲む。
「それで、もう恋なんてしないって思ってたのに」
少しだけ笑う。
でも、その笑いは崩れかけていた。
「また、好きになっちゃって」
――間。
「今度は……事故で」
カウンターに、静寂が落ちる。
バーテンダーが、静かに新しいグラスを置いた。
彼女は、それを見つめて、呟く。
「私が好きになると、その人、いなくなるんです」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
呪いみたいだった。
「だからもう……誰も好きにならない方がいいんだって」



