(……え、今、……なんて?)
「えっ、先輩の分の傘ないですよね!? 一緒に、相合傘で——」
「いい。俺は走って帰るから、じゃ」
引き止める間もなく、彼は傘を私の手に押し付けると雨の中を走り出していった。
みるみるうちに、その背中が雨の向こうへと遠ざかっていく。
私は、開いたばかりの傘を握りしめ、雨の中に滲んでいく彼の背中を呆然と見送った。
(……走って、帰るって。あんなに、びしょ濡れになってまで)
自分を犠牲にして、当たり前のように私を優先してくれた。
それだけでも十分すぎるほど、胸がいっぱいだった。
けれど。
今、彼は確かに呼んだのだ。
同僚たちが親しげに呼ぶ名前。けれど彼の口からは一度も聞いたことがなかった、あの愛称で。
(……りんりん、って。……言ったよね)
「苗字」でも、「君」でもなく。
ずっと、密かに憧れていたその響きが、彼のあの低い声であまりにも自然に放たれた。
私はゆっくりと傘の内側を見上げた。
雨粒が布を叩く音が、やけに大きく耳元で響いている。
…けれど、それ以上に自分の鼓動がうるさくて、耳の奥まで熱くなっていくのがわかった。
「えっ、先輩の分の傘ないですよね!? 一緒に、相合傘で——」
「いい。俺は走って帰るから、じゃ」
引き止める間もなく、彼は傘を私の手に押し付けると雨の中を走り出していった。
みるみるうちに、その背中が雨の向こうへと遠ざかっていく。
私は、開いたばかりの傘を握りしめ、雨の中に滲んでいく彼の背中を呆然と見送った。
(……走って、帰るって。あんなに、びしょ濡れになってまで)
自分を犠牲にして、当たり前のように私を優先してくれた。
それだけでも十分すぎるほど、胸がいっぱいだった。
けれど。
今、彼は確かに呼んだのだ。
同僚たちが親しげに呼ぶ名前。けれど彼の口からは一度も聞いたことがなかった、あの愛称で。
(……りんりん、って。……言ったよね)
「苗字」でも、「君」でもなく。
ずっと、密かに憧れていたその響きが、彼のあの低い声であまりにも自然に放たれた。
私はゆっくりと傘の内側を見上げた。
雨粒が布を叩く音が、やけに大きく耳元で響いている。
…けれど、それ以上に自分の鼓動がうるさくて、耳の奥まで熱くなっていくのがわかった。
