クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日

彼女の最寄り駅の改札を抜け、見知らぬ駅のロータリーに出た。

「……こっちです」

小さくそう告げて、彼女が半歩だけ前に出る。

「……ああ」

短く返した俺の声は、自分でも驚くほど硬かった。それきり、言葉は続かない。
深夜の駅前は人影もまばらで、乾燥したアスファルトを叩く二人の足音だけが、やけに大きく響いていた。

彼女の家へ向かっているという事実だけで、足取りが少し重くなっているのが分かる。

(上司として、絶対に家の前までだ。見届けたら、すぐに引き返す)

冷たい二月の夜風を肺に吸い込みながら、俺は歩調を合わせるたびに、呪文のように自分に言い聞かせていた。

だが、隣を歩く彼女の気配が近すぎる。
風に乗って微かに香る甘い匂いに、視界の端で揺れる髪に、どうしようもなく思考が乱される。もし、このまま彼女の部屋の扉を開けてしまったら。彼女のその細い肩を抱き寄せ、上司という立場もなにもかも脱ぎ捨てて触れることができたなら――。

(……よせ。考えるな)

決して考えてはならない想像を必死に振り払い、奥歯を噛み締める。