クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日

(……分かってる。本当は、タクシーで帰すのが一番いい。彼女の家は、本来なら俺が近づいていい場所じゃない)

…ただ、「後輩のわがまま」という言葉に込められた、ひどく切実な響き。
その言葉を聞いた瞬間、引くべきだと分かっていた。
それでも……もう少しだけ隣にいたいという気持ちが勝ってしまった。

(……本当に、救いようのない卑怯者だな、俺は…)

数秒の沈黙の後、俺は低く落ち着かせた声で言った。

「……わかった。上司としてこんな状態で一人で夜道に放り出すわけにはいかない。家の前まで送るよ」

「上司としての責任」という、都合のいい、そしてひどく白々しい言い訳。
だが、腕に伝わる彼女の確かな体温が、そんな理屈はどうでもいいと思わせるほどに心地よかった。

「……先輩、ありがとうございます」

俺は彼女の腕を支えたまま、駅の改札に向かった。