クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日

俯いた彼女は小さく息を吐きながら、寒さからか、それとも酔いのせいか、微かに肩を震わせている。
その小さな背中を見ていると、先ほどバーで必死に押さえ込んだはずの感情が、再び胸の奥で燻り始めそうになる。

「……水、買ってこようか。それともタクシー呼ぶか?」

と言いながら立ち上がってロータリーを見渡すとタクシー待ちの行列が目に入る。
ならばアプリで呼ぶかと思ってスマホを取り出そうとした瞬間、コートの袖を、小さな手がきゅっと引き留めた。

「……ううん、大丈夫です。座ったら少し楽になりました。タクシーもいりません」

彼女はゆっくりと顔を上げると、何かを決意したような、ひどく真剣な瞳で俺を真っ直ぐに見つめてきた。

「……先輩、今日最後の『後輩のわがまま』、いいですか……? 私の家まで、送ってくれませんか?」

(……最後の、わがまま……)

その言葉が、俺の胸の奥に深く突き刺さった。