クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日

重い扉を押し開けると、そこには居酒屋とは違う静けさがあった。
カウンターに灯る琥珀色のランプが、隣に座る彼女の横顔を残酷なほど綺麗に照らし出す。

「……ここ、静かでいいですね」
「ああ。……少し、静かすぎるくらいだな」

差し出されたジントニックのグラスを指先で弄びながら、俺は逃げ場を探すように視線を落とした。
居酒屋での会話が嘘のように、二人の間に密度の高い沈黙が降りてくる。
言葉という防波堤を失った空気が、じわりと俺を追い詰めてくる。

(……まずいな。この空気は、まずい……)

頭の片隅で理性が警鐘を鳴らし続けている。
俺は慌てて「上司」という仮面を必死に手繰り寄せた。

「ねえ、先輩。……さっきの続き、聞いてもいいですか?」
「……続き? 何のことだ」
「とぼけないでくださいよ。……『歌詞』の話です」

カウンターに肘をつき、彼女が俺の瞳をじっと見つめてくる。
まっすぐな視線だった。
その強さに、胸の奥が落ち着かなくなる。