クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日

俺はそれ以上何も言えず、ただ歩調を落として彼女の隣を歩き続けた。
冷たい夜風の中、途切れ途切れに言葉を交わしながら十分ほど歩いた頃だった。

「……先輩。ちょっとだけ…寄り道してもいいですか?」
「……寄り道? どこにだ」
「そこ! ほら、あそこの路地裏にある、雰囲気の良さそうなバー」

彼女が指差した先には、小さな看板の灯りが見えた。

「一軒目、お喋りしすぎて喉乾いちゃいました! ……最後の一杯だけ、付き合ってくれませんか? ……あ、今度は私の奢りです。……いいですよね?」

首を少し傾けて、満面の笑みで「ね?」と見上げてくる。

(……駄目だ。ここで帰るべきだ)

そう思うのに。
「最後の一杯だけ」と笑う彼女を前にすると、その言葉がどうしても喉を越えてくれない。
……結局俺は、「奢ると言ってくれている彼女の顔を潰すわけにはいかない」などと、苦しい理屈に逃げ込むことしかできなかった。

「……りんりん、お前なぁ……」

俺はわざとらしく天を仰いでため息をついてみせると、抗うことをやめ、彼女が指し示した小さな灯りへとゆっくり足を踏み出した。