クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日

(……俺は、何を勘違いしていたんだ?)

「セクハラの件を笑って許してくれた、気立ての良い後輩」。

そんな都合の良い解釈は、もはや通用しない。
彼女は今、ただの好奇心で俺の過去を聞いているのではない。俺の「内側」に踏み込もうとしている。仕事の顔ではない、俺という人間そのものに触れようとしているのだ。

ごまかしの利かない真っ直ぐな好意。
それに気づいてしまった瞬間、俺をかろうじて守っていた「上司」という防壁が一気に崩れ落ちる音がした。

(……これ以上は、ダメだ)

このままここにいたら……きっと俺は、上司でいることをやめてしまう。

俺は不自然なほど素早く時計に目を落とすと、自分自身に言い聞かせるように声を絞り出した。

「…………よし。……今日は、これくらいでお開きにするか。……少し、外の空気に当たろう。一駅歩くか」

逃げるように席を立ち、伝票を手に取る。
振り返らないまま歩き出した俺の背中は、ひどく滑稽に見えただろう。