【凛視点】クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日

プレゼン当日の朝、私は自分のデスクで三回目の深呼吸をした。

(大丈夫。絶対にうまくいく)

入社してまだ三ヶ月。企画部の私が営業部の先輩と組んで得意先にプレゼンに行くのは今日が初めてだった。

数週間前に立ち上がった、部署をまたいだ長期大型プロジェクト。
今回のチームをまとめるリーダーが、この営業部の先輩だ。
部署は違うけれど、このプロジェクト内においては私の「上司」にあたる。

部長に呼ばれて、「君の視点が必要だ」と新人の私がメンバーに抜擢されたと聞いた時は驚いたけど…
企画部の先輩に泣きついて資料を何度も練り直し、プレゼン練習も何度もした。

(……準備は、した。あとはやるだけ)

営業部の先輩とは、部署が違うのでデスクも離れている。
広いフロアの向こう側、いくつものデスクの連なりの先に、少し顔が見えるだけ。
プロジェクトが始まってから何度か合同の打ち合わせはあったものの、先輩は必要最低限のやり取りを淡々とするだけで、それ以外はメールでの事務的なやり取りしかしていない。

私にとっては——なんとなく、怖い人。そんな印象しかなかった。

執務室の出口付近で待っていると、先輩が時間ぴったりに自分の席から歩いてきた。

「行こうか」

感情の読めない、低い声。
そのままドアを開けて廊下へと歩き出す背中に、私は慌てて隣に並んだ。

(喋らなきゃ。明るくしなきゃ)

「今日、よろしくお願いします!資料、何度も確認したので大丈夫だと思うんですけど、もし何かあったらフォローしてもらえると……あ、でも先輩に頼りすぎるのも良くないですよね、頑張ります、はい!」

我ながら早口すぎた、と思った瞬間、先輩がちらりとこちらを見た。

怒ってる? 引いてる?

「……ああ」

それだけだった。