トンネルの向こうからさしこむ光の中で

 この八年前――。

 日本の三万キロ上空に、卵を細く伸ばしたような形の宇宙船が浮かんでいた。その先端の窓側で飲み物を沸かしながら、銀色の服を着た二人の人が話していた。

 上官らしい人が言った。
「思いもしなかったな。われわれの実験に地球人を巻き込んでしまうなんて」
「タイムトラベルの実験に地球を選んだのは、ミスだったんでしょうか」
 隊員らしい人がそう言うと、上官が答えた。
「いや、……われわれが時間移動するだけだから、もともと生物に害のない実験ではあったんだ……ただ、子どもに気づかなかったのがな……」
「それにしても、こんな辺境に、あんなに知的な生物がいたのには驚きました」
「まったくだ。……でもよかったよ。地球人の歴史に影響がなくて……」
「変えてやりたい歴史もありましたが……」
「こればっかりはな……。地球人の歴史は地球人のものだから……。どんなに悲惨で、直視できないものでも……」
 上官はそう言うと、目をしぱしぱさせて黙り込んでしまった。
 
 やがて沸き上がった飲み物を渡しながら、気分を変えるように明るい声で隊員が言った。
「でも、地球人の子どもを知れたのは思わぬ収穫でしたね」
 大きくうなずきながら飲み物を受け取ると、上官も気を取り直したように元気な声で応じた。
「そのとおりだ。あのコータって子は感心だった。ミオコもなあ……。なんだか、地球人がすばらしい生物に思えるよ」
「確かに……。わたしも、あの子たちが大好きになりました」

 上官がしみじみとした声で言った。
「命のひたむきさを感じたな。見ていてまぶしかった……。あの精神力はわれわれが失くしかけているものだろう。今のようになんでも機械がやってしまっては……」
 そして、思い出したように言った。
「きみはコータに何か渡していなかったか?」
「すみません。つい情が移りました。コータの誠実さには頭が下がりましたので……」
「そう……。口が堅くて、ばかがつくほど正直なところもな。ところで、何を渡したんだ?」
「幸運誘導球(ゆうどうきゅう)です。一生分のショックを与えてしまったおわびです」
「そいつはいい。あの球は調べれば調べるほど運がよくなる。コータなら奇跡が起きるかもしれんな」
 上官はそう言って愉快そうに笑った。
「はい。それにあの球の仕組みが分かるころには、地球人もわたしたちの仲間になれることでしょう」
「待ち遠しいもんだな……。……じゃあそろそろ帰るか。いい報告ができそうだ」
 
 カップを飲みほして席につくと、二人はなごりおしそうにもう一度、静かに眠る夜の地球をながめた。
「最後に別れのあいさつでもするか。長居(ながい)したことだし……」
 上官が思いついたように言った。
「はい。……コータたちの言葉で、さ、よ、う、な、ら、ですね」

 強い光がゆっくり五回地上に送られた。
 ピカッ、ピカッ、ピカッ、ピカッ、ピカッ。
「地球人なら何人かは気づくだろうが……」
「どっちにしても、これは無害ですから」
 そう言って二人で笑った。
 
 やがて、宇宙船は静かに向きを変え、少し進んだかと思うとスッと消えた。
 どこへ行ったのかだれも知らない。分かるのは、宇宙船が天の川の一番明るい方を向いて消えたということ――。
 ただそれだけだ。



 トンネルの向こうからさしこむ光の中で
 完



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