春休みのある日。
東京への引っ越しを終えた光太(こうた)は、久しぶりに祖父の家を訪ねていた。
その家は、大きな神社を抜けて十分ほど上った高台にある。
「戦争が終わったすぐあとに、おまえのひいじいちゃんが建てたんだ」
と、祖父は言った。
石垣の上に立つ木造の古い家はどっしりとして、近づくとなつかしいにおいがした。ふと小さかったころがよみがえってくるやさしいにおいだった。
着いてゆっくりしていると、祖父がにこにこしながら何か持ってきた。
「光太、めずらしいものが出てきたよ」
祖父が見せてくれたのは、茶色く色あせた古い日記帳だった。
「ひいじいちゃんが書いたものだ」
ページをめくると、習字のお手本のような字がまっすぐに並んでいた。インクの文字を見ていると、何十年も前の出来事が目の前に立ち上がってくるような気がした。そこには、不思議なことが書かれていた。
――昭和二十年、九月二十三日。よく晴れていたのにトンネルに雷が落ち、人が消えた。岩永さんという人の孫の少年が居なくなった。岩永さんは仕事の関係で東京から越してきた人だ。みんなからとても信頼されている人で、体つきもがっしりしておられたが。その岩永さんが泣いていた。――
そこまで読んで、
「人が消えたって……? そんなこと本当にあるかな……」
気になってきた光太は、行ってみて中をじっくり見てみたいと思った。
「おじいちゃん、ここに書いてあるトンネルって、昔連れて行ってもらったあのトンネルのこと?」
「そうだよ。そういえばばあちゃんと三人で花見に行ったなあ。おまえはやっぱり花よりだんごだったけどな」
祖父は笑ったが、光太の興味ありげな顔を見て言った。
「行ってみるのか? あんまり遅くなるなよ」
祖父は、子どものころそのトンネルでよく遊んだそうだ。
道ばたにはたんぽぽが咲き、その周りを小さなちょうが飛んでいた。ぶらぶらと十分ばかり坂道を上ると、三十メートルほどの短いトンネルが見えてきた。所々をこけにおおわれているが、どっしりとじょうぶそうなトンネルだった。たもとの桜はまだつぼみだったが、遠くでうぐいすが鳴いていた。
「ここだ。ひいじいちゃんの日記にあったトンネル。ここで人が消えた? でも、おじいちゃんは何も言わなかった。まあ、おじいちゃんは理科の先生だから、そんなの信じないよなあ」
日記にはさらにこんなことも書かれていた。
――子どものころ聞いたことがある。昔、銀色の服を着た人間がこのトンネルに入って、そのまま出て来なかったという。数人の村人が見たのだそうだ。今の時代に神隠しなどだれも信じまいが、これだけ探しても見つからないのは不思議だ。雷にしては妙な、何かがさけるような音だったが。まさか、このトンネルで時空がさけたとでも言うのか。――
「時空がさけた……。そして、人が消えた……。どういうことだろう」
思い出して光太はごくりとつばをのみ込んだ。両側から入る光で中は暗くないのに、何かを待っているようにしんと静まりかえっている。ひんやりした風が背中を押すように吹き抜けていった。
「銀色の服って……まさか、心霊スポットとかじゃないよな」
ぞっとして立ち止まったが、
「いや、それはない。そんな話はだれからも聞いてない。第一、今もみんなに使われているんだから……」
気を取り直して入り口に近づいていった。
「このトンネルを、いつだれがつくったのか、おじいちゃんも調べてみたって言った。でも、どこにも記録がなかったそうだ。いくら昔でもそんなことがあるだろうか……」
そうつぶやいて、光太はトンネルの中に入り、内側の壁をなでるように触っていった。
そのとき、後ろの空で大きな音がとどろいた。何枚もの布を無理やり破ったような、耳をふさぎたくなる音だった。
「な、何なんだ!」
振り向いた瞬間、目の前の空気が二つに割れ、光太の視界から景色が消えた。風景の絵が二つに破れて離れていくような消え方だった。あとには果てしない透明が広がり、やがてそれも消えた。
光太は頭の奥に鈍い痛みを感じたが、それも分からなくなった。足元の地面がなくなっていた。
東京への引っ越しを終えた光太(こうた)は、久しぶりに祖父の家を訪ねていた。
その家は、大きな神社を抜けて十分ほど上った高台にある。
「戦争が終わったすぐあとに、おまえのひいじいちゃんが建てたんだ」
と、祖父は言った。
石垣の上に立つ木造の古い家はどっしりとして、近づくとなつかしいにおいがした。ふと小さかったころがよみがえってくるやさしいにおいだった。
着いてゆっくりしていると、祖父がにこにこしながら何か持ってきた。
「光太、めずらしいものが出てきたよ」
祖父が見せてくれたのは、茶色く色あせた古い日記帳だった。
「ひいじいちゃんが書いたものだ」
ページをめくると、習字のお手本のような字がまっすぐに並んでいた。インクの文字を見ていると、何十年も前の出来事が目の前に立ち上がってくるような気がした。そこには、不思議なことが書かれていた。
――昭和二十年、九月二十三日。よく晴れていたのにトンネルに雷が落ち、人が消えた。岩永さんという人の孫の少年が居なくなった。岩永さんは仕事の関係で東京から越してきた人だ。みんなからとても信頼されている人で、体つきもがっしりしておられたが。その岩永さんが泣いていた。――
そこまで読んで、
「人が消えたって……? そんなこと本当にあるかな……」
気になってきた光太は、行ってみて中をじっくり見てみたいと思った。
「おじいちゃん、ここに書いてあるトンネルって、昔連れて行ってもらったあのトンネルのこと?」
「そうだよ。そういえばばあちゃんと三人で花見に行ったなあ。おまえはやっぱり花よりだんごだったけどな」
祖父は笑ったが、光太の興味ありげな顔を見て言った。
「行ってみるのか? あんまり遅くなるなよ」
祖父は、子どものころそのトンネルでよく遊んだそうだ。
道ばたにはたんぽぽが咲き、その周りを小さなちょうが飛んでいた。ぶらぶらと十分ばかり坂道を上ると、三十メートルほどの短いトンネルが見えてきた。所々をこけにおおわれているが、どっしりとじょうぶそうなトンネルだった。たもとの桜はまだつぼみだったが、遠くでうぐいすが鳴いていた。
「ここだ。ひいじいちゃんの日記にあったトンネル。ここで人が消えた? でも、おじいちゃんは何も言わなかった。まあ、おじいちゃんは理科の先生だから、そんなの信じないよなあ」
日記にはさらにこんなことも書かれていた。
――子どものころ聞いたことがある。昔、銀色の服を着た人間がこのトンネルに入って、そのまま出て来なかったという。数人の村人が見たのだそうだ。今の時代に神隠しなどだれも信じまいが、これだけ探しても見つからないのは不思議だ。雷にしては妙な、何かがさけるような音だったが。まさか、このトンネルで時空がさけたとでも言うのか。――
「時空がさけた……。そして、人が消えた……。どういうことだろう」
思い出して光太はごくりとつばをのみ込んだ。両側から入る光で中は暗くないのに、何かを待っているようにしんと静まりかえっている。ひんやりした風が背中を押すように吹き抜けていった。
「銀色の服って……まさか、心霊スポットとかじゃないよな」
ぞっとして立ち止まったが、
「いや、それはない。そんな話はだれからも聞いてない。第一、今もみんなに使われているんだから……」
気を取り直して入り口に近づいていった。
「このトンネルを、いつだれがつくったのか、おじいちゃんも調べてみたって言った。でも、どこにも記録がなかったそうだ。いくら昔でもそんなことがあるだろうか……」
そうつぶやいて、光太はトンネルの中に入り、内側の壁をなでるように触っていった。
そのとき、後ろの空で大きな音がとどろいた。何枚もの布を無理やり破ったような、耳をふさぎたくなる音だった。
「な、何なんだ!」
振り向いた瞬間、目の前の空気が二つに割れ、光太の視界から景色が消えた。風景の絵が二つに破れて離れていくような消え方だった。あとには果てしない透明が広がり、やがてそれも消えた。
光太は頭の奥に鈍い痛みを感じたが、それも分からなくなった。足元の地面がなくなっていた。
