トンネルの向こうからさしこむ光の中で

 担任の川上(かわかみ)先生は、四十才ぐらいの男の先生で、新婚(しんこん)ほやほやという噂だった。
 先生は、転校生の光太が自分のクラスに入ることを知ると、前の学校から送ってきた「指導の記録」をすみずみまで読み込んだ。リレーについては、「四年生のとき、六年生がやっていたことをクラスでまねをして、バトンタッチを熱心に練習しました」と、書いてあった。
 
 さらに、学校に転校の書類をもってきた母親が、参観日には来れないと言ったので、「では今日、少しお話しできますか?」と、光太の人柄などについて大体のことを聞いていた。
 特に、光太が五才の友だちをかばって、自分が万引きしたことになっても、最後まで黙っていたという話が先生の心に残った。
 
 友だちに意地悪をしたり授業中に騒いだりする子はどの学校にもいる。でも、そんな子に限って、注意されても、「すみませんでした」と素直に謝ることはない。たいていの子が、「○○君が先でした」とか、「ぼくだけじゃありません。〇〇君もです」などと言う。
 先生はそれを聞くといつもいやな気分になった。
「自分だけが悪かった子なんていないさ。でも、少しは自分も悪かったんだろう。なのになぜ、言いわけばかり先に立つのか。まるで謝ったら損すると思っているみたいに……」
 それが残念で、たとえば「トム・ソウヤーの冒険」のある場面を、クラス全員に読んで聞かせたこともあった。

――ベッキーが誤って、先生が大切にしていた本を破ってしまった。だれも名乗り出ないので、怒った先生が一人ずつ問いただしていった。みんな、知らないと言った。 
 ついにベッキーの名前が呼ばれた。何も言えずに下を向いているベッキーの顔は真っ青だった。
「ベッキーさん、なぜ下を向いているんです? 顔を上げなさい。……おや、あんただな、先生の本を破いたのは」
 その瞬間、トムが叫んだ。
「先生、その本を破ったのはぼくです」
 トムは、ベッキーの代わりにムチの罰を受けることになった。――

 そんな内容だったけど。でも、学校では相変わらず……。
「そんな子は出てこないなあ。あの場面に感動したのは、読んでたおれだけだったのかい」
 と思っていたら……。トム・ソウヤーみたいな子が転校してくるのだろうか? 
 
 母親は胸を張って言った。
「むすこは、どんなときにも決して人のせいにはしない子です」
 そのあと、
「損な性格なんでしょうね……」
 と力なく肩を落としたのだったが……。
 先生は城山光太という子がどんな子か、楽しみに待っていたのだった。
 
 運動会でのこともあって、光太は新しい学級にすぐに打ち解けていった。ゲームを持たないので、放課後や休日に友だちの家へ行くことはなかったが、学校では、昼休みはいつも友だちと元気に校庭を走り回った。

 優芽は、五年生になってなんとなく学校が楽しいと思うようになっていた。二学期からは特に。

 

 秋のある日。
 五時間目は算数だった。ひょうきん者の佐藤翔(さとうかける)が、昼休みに足を打ったらしく、教室でも、「痛いー」「ああ、痛いー」と言っていた。
 
 先生が、「困ったやつだ」という顔で、
「おい、今授業中なんだぞ」
 と言うと、翔がすねたような口ぶりで言った。
「ほんとに痛いんですよ」
「痛いと言うから痛くなる。何かきつい時はいつでも反対の言葉を言った方がいいんだぞ。たとえばだな……暑い時には『寒い』と言えば、少しは暑くなくなるものなんだ」
「じゃあ、痛い時はなんて言えばいいんですか?」
「そうだな……痛いの反対なら、『気持ちいい』と言えばいいだろ」

 しばらくして、みんなが静かに黒板の問題を解いているとき、突然、
「気持ちいいー」
 という声が聞こえた。男子が何人かクスクス笑ったので気をよくしたのか、少したってまた翔が、
「ああ、気持ちいいー」
 と言った。

「もう。変な声出さないで!」 
 希愛が怒って翔をにらみつけると、先生も続けて言った。
訂正(ていせい)する。やっぱり『痛い』って言っていい。とにかく、『気持ちいいー』は、気持ち悪いからやめろ」
 教室が大爆笑になった。ちらっと見ると、光太も和弥も怒った希愛も、(とう)の翔までも笑っていた。

 新婚の先生の、毎日幸せそうな顔が子どもたちに伝染(でんせん)したのだろうか。
「今日は行きたくないな」
 一年に何回かは……いや、もしかしたら何十回かはそう思うのが学校だと思っていたが、今年はまだそんな気持ちになっていないことに優芽は気づいた。