トンネルの向こうからさしこむ光の中で

 だれかの話し声がしていた。目を閉じたまま耳を澄ませたが、なんて言っているのか分からなかった。そっと目を開くと、目の前に二人の人間がいた。しゃがんでいた一人が、光太が目を開けたのに気づくと、さっと立ち上がった。
「――!」
 もう一人が大きな声を出した。
 
 二人は何かに追われるかのようにトンネルの壁に寄った。ぴたっとはりついたように見えた。銀色の服が淡く光ったと思うと、そのまま壁の色にまぎれて消えた。
「な、なんだ……」
 思わず光太がつぶやいたとき、手の中に何かがあるのを感じたが、光太はふたたび意識を失ってしまった。同時に、低く続いていたごう音がぴたりと止んだ。


「おい、光太……。起きろ!」
 耳に飛び込んできた声に目を開けると祖父がいた。光太の頭を抱えてのぞきこんでいた。
「なかなか帰ってこないから見にきたんだ。何かあったのか?」
 心配そうに尋ねる祖父に、きょとんとした顔で光太が言った。
「おじいちゃん、今は平成だよね。何年何月だっけ?」
 祖父は目を丸くして答えた。
「平成三十年の三月だろ。いったいどうしたんだ」

 不思議そうに自分を見つめる祖父を見て、光太はわけが分からなくなった。祖父の家に来てから、まだ一日もたっていない。一日どころか――わずか数時間しか……。

「そうすると、今までのことは何だったんだろう。やっぱり夢?……」
 そうつぶやいたが、
「いや違う。夢じゃない」
 光太はきっぱりと首を振った。
 
 まだはっきり覚えている。あの焼け焦げた町の光景。あの家族。一人ひとりの顔。話した言葉の数々……。こんな鮮やかな夢があるはずがない。
「自分はタイムスリップをして昭和二十年の世界に行った。理由は分からないが、間違いない」
  
 心の中でそう言って、ふと、にぎっていた手を開いた。うずらの卵みたいな石があった。ガラスのように透き通っているが手のひらにずしりと沈む重さがあった。
 トンネルの中で意識を失う前、そう、あの銀色の服の人間が消える直前、光太の手に何かをにぎらせた記憶があった。

 祖父がため息をついて言った。なんだか少し歳をとったように見えた。
「とにかく何事もなくてよかった。あんな日記を見せたもんだから、じいちゃんも気になってな……」
 光太は苦笑(にがわら)いをして言った。
「心配かけてごめん、おじいちゃん。ぽかぽかして、なんだか気持ちよくて眠ってしまったみたい……」
 祖父はじっと光太を見つめるだけで、それ以上は何も言わなかった。

 夕日の光が、並んで坂道を下る二人を暖かく包んでいた。