ミッドナイト・ヴェノム



ぴりっ。




「「!」」




小さな気配を感じて、私と怜悧は同時に我に返った。



これは殺気だ。間違いなく、殺気だ。



誰かが、私たちを狙ってる。



同じ結論に辿り着いた私と怜悧が見たのは観覧車の窓の向こう、同じくらいの高さにあるビルの屋上だ。



そして最初に動いたのは――怜悧。




「七夏!!」




大きな腕に抱き込まれ、その場に押し倒される。



いつもならこの体勢に赤面するところだが、今はそれどころじゃない。



窓を突き破った銃弾が、怜悧の肩を掠めたようだ。



たらり、と裂けた服から血が出ていた。



……狙撃か。




「七夏、怪我は?」



「大丈夫、ありがとう」




私は怜悧と観覧車の鉄扉に隠れ、すぐにスマホを確認した。



別の情報で気を逸らしていたエルツァーノは罠に気付き、今度こそ私たちを殺そうとしてきているらしい。



二人で観覧車を乗って頂上に達した頃に撃ってくるなんて、さすがはマフィア。




「さっきのはエルツァーノ?」



「そう」




スマホに表示したエルツァーノの動きのデータを見せながら、私は怜悧の肩の傷口をハンカチで止血した。



……怜悧に庇ってもらっちゃった。



自分だって狙われてたのに真っ先に私だけを守ってたし、さっきの怜悧の表情はとっても必死だった。



二人で戦うのは初めてじゃない。怜悧はどんなときでも私が危なければ助けてくれる。




「…………」




今だって、心配そうに私の体を観察している。怜悧のおかげで、かすり傷一つ負ってないのに。



本当に、怜悧はいつも私のことを気遣ってくれるよね。



……いつも。




「……ありがとう、怜悧」




心の中に、温かい気持ちが広がっている。



ネックレスに、好みのお菓子を買ってくる日常に、庇ってくれる行動。



今思い返せば、怜悧はこんなにも、私を大切にしてくれているのに。



なんで今まで、ずっと疑ってたんだろう。




「ねえ、怜悧」



「なに?」



「……私も好きだよ」



「!」




ぽつりと呟いてから、私は言い逃げするように懐から銃を取り出した。



ここからだと狙撃してきた相手には銃弾は届かない。だが銃口を向けるだけでも牽制にはなるはずだ。




「七夏……?」



「私のこの気持ちが怜悧みたいな『愛』なのかはわからないんだけどね」




怜悧の顔を、まともに見る勇気がなかった。



それでも、怜悧の息遣いが、驚いたような声音が、私に怜悧がどんな表情なのか教えてくれる気がした。



たぶんきっと、怜悧は喜んでくれてる。




「私、怜悧の笑顔が好きだよ」



「…………っ」



「笑顔も、しかめっ面も、色っぽい顔も、くつろいだ顔も。ぜんぶぜんぶ、大好き」




きっと、出会った頃からそう。



似たもの同士のお互いに惹かれて、お互いにしかわからない秘密を共有し合って、家族よりも深い存在になった。



その過程で、私たちはいつの間にかお互いを好きになっていたのだ。




「私は怜悧の笑顔が見たい。怜悧の幸せそうな顔が見たい」



「……なら」



「うん。叶えよう、私たちの願いを」




ばんっと音がしたかと思えば、二人の間をまた銃弾が通り過ぎていった。



狙撃手は依然としてこっちを狙っている。なんとしても生き延びないと。




「もう、疑わない」




怜悧の頬に触れると、怜悧は嬉しそうに笑って私の手のひらに擦り寄った。



もう、覚悟はできた。怜悧のことは、ずいぶん待たせてしまったけれど。




「……信じるよ、怜悧」




怜悧の頬に触れる私の手に、怜悧がちゅ、と唇を落とした。



それから彼は自分の銃を出し、同じく牽制しながらも私に軽いキスをする。



命を狙われている危ない状況なのに、私たちはとっても幸せな気分だ。




「愛してるよ、七夏」



「うん。……嬉しい」




こつんと額を合わせて、見つめ合って。



また、窓ガラスを銃弾が突き抜けていった。



私たちが隠れているから、あっちも撃ちにくいせいだろう。



もうすぐ地上に到着する。そうしたら移動遊園地を出て、狙撃手を片付けに行けばいい。



でもその前に、もう少しだけ。




「刺激的な観覧車の思い出ができちゃったね」



「それでいいんだよ。元々、弦や花奈が混じってた思い出の上書きに来たんだし」



「やきもち焼きだね」



「ああ、そうだよ」




目を見つめて、気持ちが通じ合ったことを確かめて。



それから二回深呼吸すると、ようやく私たちは気持ちを切り替えた。




「地上到達は10秒後。一気に走って南西のミラーハウスの陰に隠れよう」



「了解。そこからなら封鎖されてる地下道を通れば建物の近くまで行けるよ」




元々、この移動遊園地があるのは大きい公園だ。



そこにある地下道にこっそり入って移動すれば、間違いなく狙撃手を処理できるだろう。



こうやって、私たちは幾度となく危機から逃れてきたのだ。




「生きて帰ろう。まだ任務も、俺たちの目的も達成してないんだから」



「うん、絶対にね」




銃の安全装置が外れているのを確認し、私は扉の前で体勢を整えた。



私たちは、何があっても目的を達成してみせる。



因縁も鎖も運命も何もかも断ち切って――そうして、目指すのだ。



私たちが幸せに暮らせる、明るい世界を。