ミッドナイト・ヴェノム



*




「……わざと厳しくしたの?」



「ん?なんのこと?」



「……いーや、なんでもない」




花奈を送り届けた後、どちらからともなく歩き出すと、私は怜悧にそう聞いてから思い直した。



今はまだ「春野 怜悧」と「樋口 七夏」だ。怜悧にこのことを聞くのはやめよう。



でもたぶん、いや絶対、私とデートに行くためにわざと弦くんにはスパルタ指導してたと思う。



自惚れとかではなく、怜悧も私も手段を選ばない人間だから。




「それで、春野くんはどこに行きたいの?」



「んー……どこだと思う?」




怜悧――いや、「春野くん」は優しく微笑んで私の手を取った。



どうやら、行き先を教えてくれるつもりはないらしい。




「意外といじわるなんだね、春野くんって」



「そう?」




怜悧は、自然な動きで私と指を絡めた恋人繋ぎをした。



いきなりデートで恋人繋ぎするとは思わなくて抗議の視線を向けたけど、怜悧はどこ吹く風で涼しい顔をしている。



私は諦めて、別のことを考えようと思考を切り替えながら前髪を整えた。




「春野くんは、今まで彼女っていたことあるの?」



「んーん。誰かを好きになったことすらなかったよ、今まではね」




今までは、か。



まるでもう好きな人がいるみたいな言い方。



「春野くん」は彼女がいたことない設定みたいだけど、好きな人ってもしかして……。




「七夏は?」



「彼氏はいたことないよ」



「好きな人は?」



「…………」




怜悧が、繋いでいる手をぎゅっ、と握ってきた。



甘い熱が籠った瞳で私をじっと見つめて、私が大切、みたいな顔をして。



怜悧が好き、って言ってほしいのかな。



でも、そんなの言えるはずない。




「……っ、ひみつだよ」




熱い頬を隠すように顔を背けるけど、怜悧にそんな小細工が通用しないことくらいわかる。



思った通り怜悧は素直にならない私を気にすることなく手をぐいっと引っ張り、空いている手で頬に触れてきた。




「ふは、あっついね」



「誰のせいだと……!」




からかってくるから怜悧を睨みつけて……そして、やっぱり後悔した。



私と目があって嬉しそうに微笑む怜悧が、同時にいじわるな光を灯らせている。




「俺のせいなの?」



「……!」



「七夏がこんなに熱くなってるのは、俺のせい?」




……まるで、私じゃないみたい。



他の人ならこんなに動揺することなんてないのに、怜悧が相手だとうまくいかない。



からかわれると照れちゃうし、本音が飛び出そうになって困るし、まるで年頃の普通の女の子みたいで。



今まで、怜悧と嘘ばっかりの関係を続けていたときだってこんなことになってなかったのに。



怜悧が本気を出して、本当の恋愛に踏み出して。



そうしてから、本当に私は気持ちを抑えきれなくなってる。




「……からかいすぎたかな。ごめんね、かわいくて」




黙っている私を見て愛おしそうに笑って、怜悧は優しい声で謝ってきた。



そして私の手を引いて、到着したデートスポットを指差す。




「さあ、ついたよ。移動遊園地」



「え……?」




移動遊園地。



ここは、弦くんや花奈と一緒にもう来た場所のはず。



なんでここ……?




「あのときは、七夏が弦と乗ってて観覧車一緒に乗れなかったから」



「……一緒に乗りたかったの?」



「もちろん」




私の髪を耳にかけた怜悧が、どろりとその綺麗な瞳の中で熱を溶かした。



途端に怜悧のまとう雰囲気ががらりと変わる。



「春野 怜悧」は、そんな目をしたりしない。



「春野 怜悧」は爽やかで、ちょっと甘くて、イタズラっぽくて、「普通」なのに。



色気と熱と誘惑が蠢くその瞳は、見つめるだけで身を委ねそうになってしまう猛毒の色を宿している。



これは……彼は今、「怜悧」だ。




「……怜悧、このためだけに来たの?」



「そーだよ。言ったでしょ、作戦のためでも弦を選んだのが嫌だったって」




だから、観覧車の記憶を俺で塗り替えたくて、なんて。



弦くんに嫉妬してるの?弦くんは友達なのに。



…………やばい、嬉しいな。




「七夏、行こう。観覧車」



「……ふふ、うん!」




ほら、まただ。



怜悧の言葉ひとつで、こんなに浮かれて。



でも、やっぱり嬉しいし楽しい。



怜悧と過ごす平和な日常って、こんなに愛おしいものなんだね。




『七夏ってさ、どうしたら俺の気持ちを信じてくれる?』




……信じたい。



今まで怜悧が騙してきた女の子を思い出すけれど、それでも。



私だけがすべて知っている、怜悧を。私のすべてを知っている、怜悧を。



一緒に生き延びてきた、怜悧を。



…………信じたい。