春売りの夜
メッセージを売るのが、夜の仕事だ。
部屋の電気はつけない。つける理由がないからだ。
暗闇の中で、スマートフォンの画面だけが白く浮かんでいる。
ログインする。
名前は「ゆき」。
今日も同じように、夜が始まる。
指に馴染んだアプリを開く。
誰かがいて、誰かがいない。それだけの場所。
言葉をひとつ送るたびに、少しだけ数字が増える。
長く続く人ほど、夜も少しだけ長くなる。
かずきは、その「続く人」だった。
本名も、年齢も、顔も知らない。
会ったこともない。
それでも、毎晩決まった時間に現れて、決まった調子で言葉を置いていく。
それだけで、十分だった。
今日は、まだ来ていない。
時計を見る。
いつもより、少し遅いだけ。
別に珍しいことでもないと思って、画面を閉じる。
少しして、また開く。
何も変わっていない。
誰かとやり取りを始めても、すぐに終わる。
言葉が続かない。
今日は、少しだけ静かな夜だった。
別に、それでいいはずなのに。
画面の上のほう、見慣れた名前の横に、小さな表示がついているのに気づく。
オンライン。
思わず、指が止まる。
いるんだ、と思う。
少し待てば、そのうち通知が来るだろうと、何となく思う。
特に根拠もなく。
スマートフォンを持ったまま、何もせずに時間が過ぎる。
画面はすぐに暗くなって、また触れて、明るくする。
オンラインの表示は、消えたり、戻ったりする。
いるのに、来ない。
それだけのことを、わざわざ考える必要もないのに、頭のどこかに引っかかる。
他の誰かと話しているのかもしれない。
この場所には、そういう人がいくらでもいる。
「ゆき」じゃない誰かと、同じようにやり取りしているだけ。
それが普通だ。
分かっている。
指を動かせば、こちらから何か送ることもできる。
でも、送らない。
送る理由がないからだ。
名前を呼んだことは、一度もなかった。
呼ばれることも、なかった。
ただ、言葉だけが行き来して、それで成り立っていた。
それ以上を求めたことはない。
求める必要もなかった。
数分でいいと思った。
声が聞ければ、それでいいはずだった。
そう思っていることには、気づかないふりをした。
画面の中で、表示がまた変わる。
数分前。
少しだけ、期待していたことに気づく。
来るかもしれない、と思っていた。
その考えを、すぐに消す。
そんなものは、最初からなかったことにする。
時間だけが過ぎていく。
やることはないのに、ログアウトもしない。
アプリを閉じて、また開く。
同じ画面が、何度でも繰り返される。
外は静かで、部屋の中も変わらない。
光っているのは、この小さな画面だけだ。
いつの間にか、夜が浅くなっている。
通知は来ない。
来ないままでも、別にいいと思う。
最初から、そういうものだった。
画面を閉じる。
でも、電源は落とさない。
そのまま、手の中に残しておく。
ログアウトの仕方を、もう忘れている気がした。
また夜になれば、同じようにログインする。
名前を変えることもなく、同じ場所にいる。
誰かが来ても、来なくても。
画面の向こうに人がいることだけは、分かっているから。
それだけで、十分だった。
たぶん、今日も。
メッセージを売るのが、夜の仕事だ。
部屋の電気はつけない。つける理由がないからだ。
暗闇の中で、スマートフォンの画面だけが白く浮かんでいる。
ログインする。
名前は「ゆき」。
今日も同じように、夜が始まる。
指に馴染んだアプリを開く。
誰かがいて、誰かがいない。それだけの場所。
言葉をひとつ送るたびに、少しだけ数字が増える。
長く続く人ほど、夜も少しだけ長くなる。
かずきは、その「続く人」だった。
本名も、年齢も、顔も知らない。
会ったこともない。
それでも、毎晩決まった時間に現れて、決まった調子で言葉を置いていく。
それだけで、十分だった。
今日は、まだ来ていない。
時計を見る。
いつもより、少し遅いだけ。
別に珍しいことでもないと思って、画面を閉じる。
少しして、また開く。
何も変わっていない。
誰かとやり取りを始めても、すぐに終わる。
言葉が続かない。
今日は、少しだけ静かな夜だった。
別に、それでいいはずなのに。
画面の上のほう、見慣れた名前の横に、小さな表示がついているのに気づく。
オンライン。
思わず、指が止まる。
いるんだ、と思う。
少し待てば、そのうち通知が来るだろうと、何となく思う。
特に根拠もなく。
スマートフォンを持ったまま、何もせずに時間が過ぎる。
画面はすぐに暗くなって、また触れて、明るくする。
オンラインの表示は、消えたり、戻ったりする。
いるのに、来ない。
それだけのことを、わざわざ考える必要もないのに、頭のどこかに引っかかる。
他の誰かと話しているのかもしれない。
この場所には、そういう人がいくらでもいる。
「ゆき」じゃない誰かと、同じようにやり取りしているだけ。
それが普通だ。
分かっている。
指を動かせば、こちらから何か送ることもできる。
でも、送らない。
送る理由がないからだ。
名前を呼んだことは、一度もなかった。
呼ばれることも、なかった。
ただ、言葉だけが行き来して、それで成り立っていた。
それ以上を求めたことはない。
求める必要もなかった。
数分でいいと思った。
声が聞ければ、それでいいはずだった。
そう思っていることには、気づかないふりをした。
画面の中で、表示がまた変わる。
数分前。
少しだけ、期待していたことに気づく。
来るかもしれない、と思っていた。
その考えを、すぐに消す。
そんなものは、最初からなかったことにする。
時間だけが過ぎていく。
やることはないのに、ログアウトもしない。
アプリを閉じて、また開く。
同じ画面が、何度でも繰り返される。
外は静かで、部屋の中も変わらない。
光っているのは、この小さな画面だけだ。
いつの間にか、夜が浅くなっている。
通知は来ない。
来ないままでも、別にいいと思う。
最初から、そういうものだった。
画面を閉じる。
でも、電源は落とさない。
そのまま、手の中に残しておく。
ログアウトの仕方を、もう忘れている気がした。
また夜になれば、同じようにログインする。
名前を変えることもなく、同じ場所にいる。
誰かが来ても、来なくても。
画面の向こうに人がいることだけは、分かっているから。
それだけで、十分だった。
たぶん、今日も。
