
超一流ホテル「ザ・ロイヤル・ムーン」。
ここで働くコンシェルジュ見習いの高階苺依(たかしな めい)。
(こんなホテルで働けるなんて本当にラッキーだわ)
誰もが知る一流の中の一流ホテル。
利用客も一流が多く、政治界や芸能界御用達のホテルだ。
(今日も帰って推しの配信動画見ようっと! 23時からだし退勤して帰れば間に合う!)
数年前からアイドルグループ『XENO(ゼノ)』の推しをしている。
その中でもメインボーカルのTOMAは整った顔立ちと王子様のような振る舞いで人気を博している。
(あ~、楽しみ! 早く帰りたいな~)
高ぶる気持ちでラウンジの見回りを終えようとした時だった。
――――バシャッ!!!
どこからか水音が聞こえてラウンジの最奥を見て息を呑んだ。
「え……なに」
そこには大きなサングラスをかけた男性がびしょ濡れのまま俯いていた。
「生意気なのもいい加減になさい。あなた、自分が誰のおかげでそこにいられると思ってるの?」
相手の女性の声が響く。
怒った彼女は吐き捨てるようなセリフとともに去っていった。
「大丈夫かな……」
一流ホテルがゆえ、お客様には有名人が多い。
なので、プライベートには介入しないのが規則。
顔バレしたくない顧客が多いからだ。
しかし、苺依はどうしても最後のセリフが気になってしまう。
「産まなきゃよかった…ってことは、さっきの人……母親?」
そんなことを母親に言われたら、どれだけショックだろう。
俯く男性が気になって仕方ない。
びしょ濡れの男性は会計を済ませてエレベーターに向かった。
苺依は反射的にタオルを持って駆け出した。
――――ガァァン!!
間一髪でエレベーターに乗り込んだ苺依に男性は驚いた様子だった。
「……何の真似だよ」
「失礼いたします……っ!」
震える手でタオルを差し出した。
「……見てたのかよ」
上から冷たい声がかけられる。
苺依は怖くて顔を上げられない。
「ちっ……余計なお節介」
「も、申し訳ございません!」
――――バアアァァンン!!!!
「っっぐ!!!!!」
咄嗟にエレベーターから出ようとして、閉ざされた扉に体当たりした。
「………」
痛みのあまりうずくまりたいが、どちらかというと恥ずかしくて穴に入りたい。
背中からの無言の圧が気まずすぎる。
「あんた……アホだろ」
「す、すみません! 止まったらすぐに出ますので!」
芽衣は彼に向って頭を下げた。
「貸して……」
「え?」
返ってきた言葉に反応して頭を上げると、彼は濡れた髪を掻き上げサングラスを外した。
「えっ!!!!!」
「………」
そこにいたのは、推しのTOMAだった。
画面越しに何千回と見たその整った顔。
それをこんな至近距離で見つめ合っているなんて。
「なに見てんだ。タオル、貸せよ」
「あ! はい! すみませんでした!」
なぜ私が謝る?
反射的に心の中でつっこんでしまう。
でも、ここにいるTOMAの顔は今まで見たこともないほど冷たく強張っている。
「……誰だよ、お前」
「コンシェルジュの、高階です……」
TOMAは、苺依の胸元にある名札をじっと見つめた。
――――高階 苺依(TAKASHINA)
「……いちごか。変な名前」
「へ、変!?」
かなりムカつく発言に苺依は言い返そうとした。
――――ピン!
そのタイミングでエレベーターが到着した。
「じゃ、ホットコーヒーもってきて。部屋は50階のスイートだから」
「え…?」
「じゃな、いちご」
――――バタン
エレベーターが閉まり苺依はぼそっと呟いた。
「なんなの、あいつ……」
これが、私と「推し」の、最悪な出会いだった。
――To be continued

