悪辣魔王の腕のなか

 にこやかにほほ笑む仏の額に、少しだけ青筋が浮かんでいる。仏のセンター長はひとたびキレると鬼より怖いと聞いたが、本当だろうか。

「ごめんね~、衣都ちゃん」

 肩を寄せて、小声でささやくのは臨床検査技師の木花操(このはなみさお)。すらりと背が高くて、ワンレングスの黒髪ボブがよく似合うかっこいい女性だ。衣都は今日、彼女に会うためにここに来た。自社製品を使用した感想や意見を聞かせてもらっていたのだ。

「面談中に、こんな修羅場になっちゃって」
「いえ」

 ここの担当になってまだふた月だが、響司のこの性格を目の当たりにしたのは初めてではい。慣れたとまではいかないまでも、驚きはなかった。

「あいかわらずでしょ、響司先生。でもまぁ、うちは彼がいないと回らないし。必要悪ってやつ?」

 操は響司と同級生の三十二歳。ここの技師になって長い彼女は、癖の強い彼の扱いも心得ている様子だ。センター長も、ほかのドクターも、当の響司さえも、彼女を頼りにしているのは伝わってくる。

「あの優しい奏真(そうま)先生と兄弟とはとても信じられないわよね~。向こうは【ほほえみの貴公子】って呼ばれてるのにさ」

 ため息交じりに操が嘆く。

(奏真先生……あぁ、救急科の……え、えぇ?)

「きょ、兄弟?」

 さらりと告げられた衝撃の事実に、衣都の声が裏返る。