悪辣魔王の腕のなか

「――君が俺に片思いをしていたとは知らなかったな」

 それが真っ赤な嘘なのは、わかったうえで言っているのだろう。口角が皮肉っぽくあがっている。

「そ、その方向で口裏を合わせていただけると」
「俺は結婚の目的さえ達成できれば、あとはどうでもいい。君の好きにしろ」

 興味なさそうに彼は言い捨てる。が、とりあえず言質は得た。

「ありがとうございます、助かります」
「これはただの好奇心だが、その嘘になんの意味があるんだ?」

 興味なさげに見えていたが、そうでもなかったのだろうか。不思議そうな顔をして、彼は首をひねった。

「親にも会社の人間にも、恩を売っておけばいいじゃないか。会社のために意に沿わない結婚をするのだと。自分の功績をあえて隠す必要があるか?」

 やっぱり彼とは価値観が合わない。

「相手に罪悪感を植えつけるのは『恩を売る』を通りこして『ただの嫌がらせ』だと感じます。だからしません。自分のために」
「俺はそれを『偽善的』と感じる人間だが、まぁ君の行動に口出しする気はない」

 偽善的などと意地悪な評価をくだす時点で、十分に口を出していないか?
 そう思わなくもなかったけれど、黙っておく。

(喧嘩したところで、わかり合える相手じゃなさそうだし)

 自動ドアを抜けて外に出たところで、響司は足を止めて身体ごと衣都に向き直った。

「君の賢さに感謝するよ。よろしく、奥さん」

 ちょうど逆光になって、彼の表情は見えない。衣都は小さく息を吐く。

(正直、私の未来もまったく見えないけど)

 それでも衣都は、差し出された彼の手を取った。

「こちらこそ。よろしくお願いします」