悪辣魔王の腕のなか

 一週間後。衣都は法医学センターの打ち合わせスペースで響司と向き合う。
 普段は立ち話程度に話を聞くことが多いが、今日は大事な案件なのでしっかり時間を取ってもらった。

(そう、大事な案件なんだから。今は仕事に集中しないと)

 おでこにキスをされた瞬間など、決して思い出してはいけない。

「つまり、この質量分析計は従来品より精度が高いわけか」
「はい。微量な成分も拾えるので、判断材料が増えます。この法医学センターでは必ずお役に立てるかと」

 質量分析計は成分を正確に見極める装置で、法医学の分野にも欠かせないもの。ツバキの最新機器は、どこにも負けない検出感度の高さがウリだ。
 衣都の熱弁をすべて聞いたあとで、彼はゆっくりとうなずく。

「検討の価値があるのはわかった。センター長にも話は通しておく」
「ありがとうございます。ぜひ、ご検討ください」

 話が終わったので、衣都はテーブルの上の資料を片づけはじめる。

「ほかの科にも寄るのか?」
「いえ。このあとは個人クリニックの先生と約束があるので」

 立ちあがりながらそう答えると、彼も椅子から腰を浮かせ衣都の隣に並んだ。

「俺もこれから外出だから、外まで一緒に行こう」
(例の件、だよね)

 世間話のために彼が一緒に歩こうなどと誘ってくるはずがない。衣都が見合いに前向きだと、両親がさっそく院長に伝えたと聞いている。多分、響司本人の耳にも入ったのだろう。