悪辣魔王の腕のなか

「どうかしたの?」

 少し心配そうな顔つきになったのは母。

「昨日の、柚木先生とのお見合いの件なんだけど」

「あ、あぁ! いや、あれはもういいんだ。楽しく食事しようってだけで、見合いと呼ぶほど真剣なもんじゃなかったから」

 どう考えても苦しすぎるその嘘が、通用すると思っているのが父らしいところだ。

「そうそう。優雅そうに見えるけど、お医者さまの奥さまは大変だしね。衣都にはもっと、のんびりした人がいいわよ」

 このままではなかったことにされてしまう。焦った衣都はふたりの話を遮って、大きな声で訴えた。

「そうじゃなくて! ぜひぜひ進めてほしいの」
「えぇ?」

 ふたりとも目を丸くして驚いている。それはそうだろう。見合いを終えた、ゆうべの自分の態度は誰がどう見ても乗り気には見えなかっただろうから。
 どうにかして取り繕わなくちゃと、衣都は必死に言葉を探す。

「えっと、恥ずかしいから黙ってたんだけど……実は前から柚木先生に片思いしてたの。お父さんがきちんと教えてくれていたら、もっとオシャレして臨んだのにと。昨日はそれで怒っていただけで」
「柚木先生に片思いって、救急科の奏真先生じゃなくてか?」

 ナチュラルに響司に失礼な発言をしていることに、父は気がついていない様子だ。