悪辣魔王の腕のなか

「……そうだな。まずは自分たちで。できることからしっかりやっていこう」

 決意表明する父の声は涙交じりだ。社員たちの言葉がよほど嬉しかったのだろう。それは影からこっそり聞いている衣都も同じ。

(みんな……)

 会社がつぶれたら、自分の家族だって大変な事態になるのに。それでも、誰も「衣都が我慢すればいい」とは言わない。それが本当に嬉しくて、同時に自分が恥ずかしくなった。

(駒として利用されるのは嫌なんて私のちっぽけなプライドより、もっと大事なものがあるじゃない)

 部長が溺愛している末の娘は今年受験生で、志望大学を目指して懸命に勉強しているそうだ。営業をがんばると言ってくれた彼は、最近赤ちゃんが生まれたばかり。
 響司は衣都を都合のいい駒だと言い切ったけれど、自分が同じ扱いを受けるのも構わない様子だった。互いに利用し合うのなら、夫婦としては対等で不均衡ではない。
 衣都はひとつの思いを胸に前を向いた。

(よし。みんなの幸せを守るために、誇りを持って立派な駒になってやろうじゃないの!)

 こうして衣都は、一パーセントもないと思っていた彼との結婚に突き進む決意をした。
 怖気づく前に動き出してしまおうと、その夜のうちに両親に話を切り出す。

「あの、お父さん、お母さん」

 リビングでテレビを見ながら、みかんを食べていたふたりが振り返る。

「なんだ、怖い顔して」

 ほがらかに笑うのは父。