悪辣魔王の腕のなか

 彼はククッと白い歯を見せた。これまでの冷笑とは少し違う、心から楽しそうな表情だった。

「君は思っていたより賢いんだな。気に入ったよ」

 ふいに伸びてきた腕がグッと衣都の腰を引き寄せる。「あっ」と声をあげた刹那に彼の唇が衣都の額に触れた。想像より、熱い唇だった。
 反射的に顎を上向かせると、不敵な笑みがそこにあった。

「俺は利用価値のある唯一無二の駒だ。手放したら後悔するのは君のほうだ」
「そう……でしょうか?」

 衣都はフンと鼻白む。
 だが、彼はこちらのそんな態度はものともしない。

「じゃあな、いい返事を期待してる」

 するりと衣都の腰から手を引いて、彼はあっさりと踵を返して去っていった。
 その背中を見つめながら、衣都は考える。自分と彼が夫婦となる可能性について。

(うん、ないな。十パーセント、いや一パーセント以下ってとこね)

 会社がどうとかを考えるより前に、彼の妻になっている自分がまったく想像できない。
 シンプルに、自分たちは相性が悪すぎる。