悪辣魔王の腕のなか

 法医学ドクターにとって、解剖の実績数がとても大切なのは知っている。けれど、『案件』とか『さばく』とか、彼の口ぶりからは亡くなった方への敬意が感じられない。

(優秀な先生には違いないんだろうけど)

 やっぱり苦手だな、と心のうちで衣都はつぶやく。

「いやいや。これからだよ、これから。新人のうちは迷いがあるのが普通だから」

 響司に代わってフォローを入れたのは、ここのセンター長。実績あるベテラン法医学ドクターで、その性格は仏と称されている。
 もっともなアドバイスだと、衣都もひとりうなずいた。
 新人の彼は、自身の仕事の意味に迷ってしまっているらしい。
『人を助けるために医師を目指したはずなのに……すでに亡くなっている方の解剖ばかり。今の僕は医師と呼べるのでしょうか』
 先ほど聞いた彼の台詞、気持ちはわかる気がした。法医学ドクターの仕事はやや特殊で、彼らが向き合うのは生きようとする患者ではなく遺体だ。

(モチベーションの難しい仕事なんだろうな)

 ドクターではない衣都にも、その程度の想像はつく。

「すぐに結論を出す必要はないんだよ。ゆっくり、じっくりね」

 どうにか新人医師をなだめるセンター長に、響司がまたも余計な口を挟む。

「そういう気休めは、誰のためにもならないのでは?」
「……柚木先生。新人を育てるのも大事な仕事のひとつ、ですよ」