悪辣魔王の腕のなか

 衣都はぺこりと頭をさげた。あの言い方はどうかと思うけれど、彼はツバキの苦境をあざ笑いたかったのではなく、一応は救いの手を差し伸べようとしてくれたらしいから。
 響司の目が衣都をとらえ、それからふっといたずらに細められた。

「謝ってもらう必要はない。弱々しいより逞しいほうがいい。妻にするならなおのことな」

 妻、その単語に衣都の心臓がドクンと大きく跳ねた。ぼんやりとしていた、彼との結婚がいきなり現実味を帯びたせいだ。
 けれど、まだ疑問は残る。

「ですが、うちとしては大変ありがたいお話ですが……院長や柚木先生になんのメリットがあるのでしょう?」

 それが最大の謎だ。

「うちの病院はツバキの機器をたくさん導入しているし、今後もそうする計画がある。勝手につぶれられちゃ困るんだよ」

 たしかに、柚木記念病院は昔からずっとツバキの製品を贔屓にしてくれていた。院長からはよくお褒めの言葉をいただくし、父も衣都も品質ではどこにも負けない自信は持っている。だが、大事な御曹司の結婚と引き換えにするというのはちょっと理解しがたい。

(本気なの?)

 衣都は思いきり眉をひそめた。とはいえ、彼がこの手の冗談を言う人間とも思えないが。

「えっと、政略結婚は必須なんでしょうか?」

 図々しいのは承知で、結婚なしで支援してもらえる可能性を探ってみる。言外に含ませた衣都の思惑を彼はすぐに察してくれた。