悪辣魔王の腕のなか

 ピリついた空気のなか、衣都と彼は静かににらみ合う。取り返しのつかない大喧嘩に発展する前に今日は帰ろう。そう判断して衣都はベンチから腰を浮かせた。歩き出すために一度軽く引いたその腕を、彼の大きな手がパシッとつかんだ。
 衣都を追いかけて立ちあがった彼はスッと正面に立つ。頭ひとつぶん、自分より背が高い。

「つぶれそうな中小企業を笑って遊ぶほど俺は暇じゃない。君に、解決策を提示しに来たんた」
「解決策?」
「あぁ。倒産を避けたけりゃ、俺と結婚して柚木グループの傘下に入れ」

 唖然としてまだ理解の追いつかない衣都に、彼ははっきりと告げた。

「つまり政略結婚だ。今日の食事会はそのお膳立てのために開かれたんだよ」

 なるほど、ここで見合いの話に戻ってくるのか。
 父から会社が危ないという話をされるのでは?という衣都の予感は、完全に外れていたわけではなかったのだ。
 古いPC並みの処理速度ではあったけれど、ようやく話がのみ込めてきた。
 柚木家は柚木記念病院以外にも、医療関係の事業をいくつも手掛けている。柚木グループと呼ばれていて、業界では大きな存在感を示していた。
 ツバキもその傘下に入れば、柚木グループの膨大な資金力によるバックアップで倒産を回避できる、彼はそう言いたいのだろう。

「そういう……お話だったんですね。すみません、カッとなって失礼な態度を」