悪辣魔王の腕のなか

 さっきの店での態度は猫かぶり。もとい、衣都の父の前だから彼なりに気を使ってくれていたのだろう。隣を歩く現在の彼は、衣都のよく知る冷めた目をした無愛想な男だ。

(でも、こっちのほうが落ち着く)

 先ほどまでの彼はなんだかむず痒い感じだったから。

「なにか飲むか?」

 ふいに響司が顔をこちらに向けた。

「はい、そうですね」

 衣都の答えを聞くより早く、彼は一台のキッチンカーを目指して歩き出していた。衣都も慌てて追いかける。
 売られているのはコーヒーとシフォンケーキ。コーヒーは、カフェオレやキャラメルラテなどバリエーションが豊富だった。

「ホットコーヒーひとつと、君は抹茶ラテにするか?」

 彼の台詞の後半部分は、店員ではなく衣都に向けたものだ。

「え?」
「抹茶、好きなんだろう。さっきのデザートを嬉しそうに食べてた」

 衣都は目を瞬く。

(意外……私の好みなんか気にしてくれるんだ)

 たしかに、締めに出てきた抹茶のテリーヌはものすごく衣都好みで、「テイクアウトがあったら絶対買うのに」と食いしん坊なことを考えた。もしや、そんな心の声を見透かされていたのだろうか。

「は、はい。じゃあ抹茶ラテをお願いします」
「了解」

 絶対零度の魔王、黒い噂のつきまとう男。
 もしかしたら自分はそれらを強く意識しすぎていたのかも。

(冷酷非道ってほど……悪い人でもないのかな?)