悪辣魔王の腕のなか

「衣都さん、うちの響司と面識はあるんだよね?」

 たいして会話の弾まない自分たちを気遣ってか、院長が会話に交ざってくれる。

「は、はい。柚木先生にはいつもお世話になっています」
「そうか。響司はちょっと仕事人間すぎてね、休みの日まで病院に通い詰めてる。もしよかったら、今度デートにでも誘ってやってくれないかな」
「いいえ」とは言いにくい。かといって「はい」と答えるのも身の程知らずだ。

(だって私ごときが誘わなくても、その気になれば相手はいくらでもいるでしょうし)

 衣都が返答に困っていると、横から父が口を挟んできた。

「この子なんかもっとひどいですよ。映画館に出かけると言うからデートかなと喜んでいたのに、まさかのひとり映画館ですよ。まったく騙されました」

 別に騙してはいないし、そもそもひとりで映画館に行ってなにが悪いのか。好きな映画ほどひとりでゆっくり楽しむのがベストなのだ。
 と、いつもなら反論するところだけど、場をわきまえて衣都は黙る。代わりに口を開いたのは院長だ。

「衣都さんは映画が好きなんだね。響司もわりと観るほうだよな?」
「そうですね。彼女と同じで、俺もひとりで観るほうが好きです。他人の感想や批評に影響されず、作品と向き合えるので」
「同感です! 誰かと感想を共有するのも楽しいけど、初めて観る作品はまずひとりでじっくり咀嚼したいというか」