悪辣魔王の腕のなか

 高層階からの眺望が自慢の日本料理店。四人で過ごすには十分な広さのある個室に、衣都の父の元気すぎる笑い声が響く。
 結局、父の思惑どおり衣都も席に座るはめになった。あの状況から、「私は帰ります」と宣言できる強さは持ち合わせていなかったから。

「いやぁ、素敵な店ですね。料理も本当においしそうだ」
(どの口が言うのよ、まったく)

 以前に家族で出かけたホテルのランチビュッフェ、ここと比べたらかなりカジュアルな雰囲気だったのに、父は『気取った店じゃ、どうも食べた気がしないんだよな~』などと言って帰宅後にカップ麺を作り出したのだ。母と一緒に猛抗議したのは、まだ記憶に新しい。
 
「冬の味覚は熱燗が恋しくなりますねぇ」
「お、いいですね~。先生、日本酒もいける口でしたっけ?」

 子どもそっちのけで、父親ふたりは勝手に盛りあがっている。父が『先生』と呼んだ、ロマンスグレーの紳士は柚木英明、柚木記念病院の院長だ。
 大病院のトップに立つ人間としては驚くほど気さくな人柄で、患者からの評判もすこぶるいい。衣都も彼には好感を抱いているが、今この状況の最大の問題点は院長ではなく……その隣にいる彼のほう。

 チラリとのぞき見ると、タイミング悪く彼の視線もこちらを向いた。バチンと目が合ってしまい、衣都は慌てる。

(よりによって、どうして柚木先生なのよ)