悪辣魔王の腕のなか

 その週末、日曜日の昼さがり。
 衣都は日比谷にある老舗ホテルのロビーで人を待っていた。
 ガラス張りの壁面から柔らかな日差しが注いでいる。年が明けてからずっと、底冷えのする寒さが続いていたが、今日はずいぶんと暖かくて気持ちがいい。

(暖房のきいた室内だと、暑いくらい)

 衣都の今日のファッションは、首元にファーのついた白いロングコートにブラウンのロングブーツ。コートの下はブーツと同じ茶系のニットワンピース。襟つきで、少しかしこまったデザインのものだ。高級ホテルでのランチなので、精いっぱいのオシャレをしてきたつもり。

(エスコートしてくれるのがかっこいい恋人なら、完璧な休日なんだけどな)

 そんな自虐を心のうちでつぶやいて、苦笑する。
 残念ながらそんな素敵な彼はいないし、待ち合わせの相手は父親だ。数日前に篤之に伝えた『父と約束が合って』の台詞は、方便ではなく本当だった。

『たまにはふたりでゆっくり飯でも食わないか? ちょっと相談もあってな』

 あれはたしか月曜日の朝。家を出る直前の衣都を呼び止め、父がそう誘ってきたのだ。

(な~んか、おかしいのよね)

 父の大好物は町中華。床が油でギトギトしているくらいの店が、居心地よくて最高らしい。
 洗練されたホテルでのランチは、どう考えても彼の趣味じゃない。