ダウナーちゃんは死にたがり

六時間目。

教室の空気は、どこか落ち着かなかった。

「お化け屋敷やりたくね!?」

「いや普通にカフェでしょ」

「劇は? 王道じゃん」

そんな声が、教室中を飛び交っている。

文化祭。

一年でいちばん“青春”っぽい行事。

今はその出し物ぎめの真っ最中だ。

担任が黒板を叩く。

「はいはい静かにー。

とりあえず案出して、多数決な。」

けれど、生徒たちの熱は簡単には収まらない。

伊織は窓際の席で、頬杖をつきながらぼんやりと外を見ていた。

空が白い。

眠くなる色だなぁ、と思った。

正直、文化祭にそこまで興味はない。

クラス全体が盛り上がっているけれど、それもどこか遠く感じる。

「相馬さんは何やりたいー?」

前の席の女子が振り返って聞いてくる。

伊織は数秒考えるふりをして、淡々と言った。

「……睡眠?」

「っ、あはは。出し物だってば!」

笑い声が上がる。

伊織は小さく「どうだろ....」と気のない返事をして、

再び窓の外へ視線を戻した。

その時。

ガラガラ、と椅子を鳴らして立ち上がった男子がいた。

クラスの中心グループにいる、明るく人懐っこい、

THE陽キャという雰囲気の男子―――佐伯蓮だ。

「はいはい注目ー!」

自然と教室の視線が集まる。

「せっかくだし、今年マジで賞狙わね?

どうせならガチで盛り上がるやつやりてーじゃん!!」

「おー!」

「そうしよそうしよ!」

空気がさらに熱を帯びる。

伊織はその温度感を、どこか他人事みたいに眺めていた。

【メイド喫茶】

佐伯が黒板に大きく書いた単語に、教室が一気に沸いた。

「うおおお!」

「男子の願望出た!」

「絶対これじゃん!」

担任が苦笑する。

「お前らなぁ……」

伊織はぼんやりその文字を見つめた。

メイド喫茶。

似合わなそうだな、私。

そんなことを考えていると、

「相馬、似合いそう。」

横から、低い声がした。

いつの間にか、隣の空席に腰掛けていた亮哉だった。

伊織はちら、と視線を向ける。

「……何が。」

「メイド服。」

「なんか嫌なんだけど。」

亮哉は少し笑う。

「人気出そうじゃん」

「宇野くん、意外とそういうこと言うんだね。」

「事実言っただけ。」

伊織はじっと亮哉を見る。

相変わらず、表情は薄い。

けれどほんの少しだけ、目元が柔らかかった。

「……宇野くんは?」

「ん?」

「執事服とか着るの。」

亮哉は露骨に嫌そうな顔をした。

「やだよ」

「似合いそうなのに。」

「何いってんだか」

その時。

「宇野ー! 相馬ー!」

クラスメイトが二人に声をかける。

「お前らもちゃんと参加しろよー!」

亮哉はニコッと笑って手を上げた。

「参加してるよ。」

「してないだろ絶対!」

「相馬さんの意見聞いてて。」

「雑談してるようにしか見えねーよ!」

また笑いが起こる。

伊織は、その光景を静かに見つめた。

不思議だった。

少し前まで、こういう騒がしさは、

ただ煩わしいだけだったのに。

今は隣に亮哉がいるだけで、

ほんの少し輪郭が柔らかい。

「……文化祭。」

ぽつりと呟く。

亮哉が視線だけ向ける。

「ん?」

「とりあえずはその日まで、生きようかな。」

あまりにも自然な声。

亮哉は数秒黙ってから、ふっと笑った。

「じゃあ、とりあえず準備には参加ね。」

「強制?」

「一年レンタル契約に含まれてます。」

「ブラック企業だ。」

「主な労働内容はメイド喫茶でーす。」

「めんど……」

そう言いながら。

伊織はほんの少しだけ、笑っていた。