ダウナーちゃんは死にたがり

翌朝。

教室はまだ半分ほどしか埋まっていなかった。

窓際では数人の女子が笑いながら話していて、

後ろの席では男子がスマホゲームの話で盛り上がっている。

その喧騒の中で、相馬伊織はいつも通り、一人だった。

机に頬杖をつき、ぼんやりと窓の外を見ている。

眠そうな横顔。

――生きてる。

教室に入ってきた亮哉は、伊織の姿を見つけた瞬間、

胸の奥にあった薄い緊張が少しだけ解けるのを感じた。

亮哉はゆっくりと伊織の席まで歩いていき、

机を指先で軽く叩いた。

「……おはよ。」

伊織が視線を上げる。

一瞬。

ほんの一瞬だけ、安堵したみたいに目が緩んだ。

けれど次の瞬間には、いつもの気怠げな顔に戻る。

「……おはよう。」

静かな声。

伊織はぼんやりと亮哉を見上げた。

「ちゃんと生きてたね。」

「それ、こっちのセリフ。」

亮哉は小さく息を吐く。

「昨日、わりと本気で心配した。」

伊織は少しだけ目を瞬いた。

「へえ。」

「連絡先知らないって、思ったより不便。」

伊織は数秒黙ってから、

鞄の中からスマホを取り出した。

透明なスマホケース。

シンプルで、ほとんど装飾はない。

「……交換する?」

亮哉は少しだけ目を細める。

「相馬から言うんだ。」

「宇野くん、不便...までは言ったのに、

交換しようって言わないんだもん。」

「今言おうとは思ってた。」

伊織はスマホの画面を亮哉に向けた。

QRコード。

亮哉は数秒それを見つめてから、ポケットからスマホを取り出す。

伊織とは真反対の、黒いスマホケース。

傷が少し入っている。

静かな教室の空気に、小さく電子音が混ざった。

「……追加した」

「ん。」

伊織は亮哉のアカウント名を見て、少しだけ眉を動かした。

『u_ryoya』

「シンプル......。」

「相馬のも大概だろ。」

伊織のアカウント名はただのローマ字で『iori』だった。

トーク画面が開く。

既読のついていない、空白の画面。

伊織はその画面をぼんやり見つめたあと、

ぽつりと言った。

「なんか、変な感じ。」

「なにが。」

「宇野くんと、いつでも連絡取れるの。」

亮哉は小さく笑う。

「嫌ならブロックどうぞ。」

「いや、しないけど。」

即答だった。

亮哉が少しだけ目を丸くする。

伊織はそれに気づかないまま、トーク画面を見つめていた。

「……ねえ。」

「ん?」

「もし夜、死にたくなったら」

亮哉の指が止まる。

伊織は続けた。

「ここに連絡してもいいの。」

教室の喧騒が、少し遠く聞こえる。

亮哉は伊織を見上げた。

眠たげな黒目。

何を考えているのか分からない顔。

でもたぶん、これは冗談じゃない。

亮哉は数秒黙ってから、スマホを机に置いた。

「……別にいいけど」

そして少しだけ視線を逸らしながら、続ける。

「夜中に“死ぬ”だけ送ってくんのはやめてね。

普通に怖いから。」

伊織はくすっと笑った。

「スタンプにするかも。」

「もっと嫌だわ。」

「ふふ……」

小さな笑い声。

その瞬間、教室のドアが勢いよく開く。

「おはよ〜〜!」

クラスメイトの騒がしい声。

一気に日常の空気が流れ込む。

伊織はスマホを胸元に抱え、ぼんやりと亮哉を見た。

連絡先ひとつ。

それだけなのに、昨日までより少しだけ。

この世界に、自分の居場所が増えた気がした。