⽞関のドアを開けた瞬間、⽿に⾶び込んできたのは、
今⽇も変わらず、絶え間ない怒声だった。
「あんた、またあの⼥と連絡取ってたの!?
いい加減にしなさいよ!!」
「黙れ!お前が⼥として⾒てもらえるように努⼒しねぇのが
悪りぃんじゃねえか!!」
亮哉は靴を脱ぐ⼿を⽌めず、軽く肩をすくめた。
頭の中で⾳声はただのホワイトノイズのように処理され、
意味も感情も侵⼊してこない。
もう何年もこの光景を⾒てきた。
両親の⼝喧嘩は家の壁を揺らすほどの⾳量で続くが、
彼にとっては、背景に流れる⽣活⾳の⼀部にすぎなかった。
「……またか。」
⼩さく呟くが、それもただの確認作業みたいなもの。
怒鳴り合いの渦の中、亮哉は靴を揃え、リビングを通り抜ける。
⺟の声、⽗の声、それぞれの罵りが混ざり合い、
混ざりあった怒声は無秩序で、亮哉にとっては聞き慣れた雑⾳だった。
階段に⾜をかけ、ゆっくりと⼆階へ上がる。
⼿すりに触れる感触や、⾃分の⾜⾳だけが、現実の確かさを
⽰している。
部屋に⼊れば、静寂が広がっている。
唯⼀、⾃分の呼吸と時計の秒針の⾳だけが存在する世界。
⽗は昔から浮気癖があり、⺟は常に怒っている。
どちらも⼀⼈息⼦である⾃分に構う余裕なんてなく、
時折その存在すら忘れるほどだ。
亮哉はそれを、⼀周回って諦めている。
腹を⽴てることも、寂しさに胸を締め付けられることも、
今はもうない。
ただ、淡々と⽇常を受け流す。
窓を開けると、午後の冷たい⾵が部屋に流れ込む。
それだけで、家という閉ざされた空間から
少しだけ解放された気がした。
⽿に残る両親の怒声も、階下に消えていく。
亮哉は肩の⼒を抜き、ベッドに向かって腰を下ろす。
「……ただいま。」
誰かに褒めてもらえるわけじゃない。
でも、誰にも頼る必要もない。
この家で⽣きることも、もう⼀種の修⾏のようなものだと
亮哉は微かに笑った。


