ねじれの位置の恋人-世界でたったひとり、出会ってはいけなかった人‐

「玉響総合病院の佐野です。患者は今朝7時30分ごろ、駅の改札で意識を失い搬送されました」
 この人、お医者さんっぽいと思っていたけれど、本当に医者だった!
 玉響総合病院はこの辺りだけではなく、全国から名医を求めて患者がやってくる総合病院だ。
 そんな大病院のお医者さんが助けてくれたの?
 
「えぇ、そうです。突然意識を失ったので」
 佐野と名乗った男性は七海の代わりに派遣会社の担当に説明してくれる。
 意識を失ったので会社に休みを伝えるのは無理だったと、目覚めたのは10分ほど前だったと、佐野は七海を擁護してくれた。
 
「診断書をお渡ししますので。えぇ。そうですね。解雇は不当です」
 通話を切った佐野はスマートフォンを七海に。
 どうしよう、診断書もお金がかかるよね。
 診察代も払わないといけないけれど、お金がない!
 
「先方に連絡して、あとで電話するそうだ」
「ありがとうございます。あの、えっと、佐野さん……?」
「佐野大和だ」
「斎藤七海です。助けてくださって本当にありがとうございました」
 先ほどの派遣会社の担当にも説明ありがとうございますと、七海は寝ころんだままで失礼だが精いっぱい頭を下げた。
 
「救急車を呼ぶなと言われたからここに運んだが覚えているか?」
「えっ?」
 私が呼ばないでって言ったの?
 全然覚えてない!
 
「病院はイヤだと言って気絶したんだ」
「ご迷惑をおかけしてすみません」
 そんなわがままを言って倒れたら、佐野さんだって困るのに。
 本当にごめんなさい!
 
「どうして病院がイヤなんだ?」
「貧乏なんです!」
 佐野の驚いた顔を見た七海は、正直に言わなければよかったなと後悔した。

「では、なおさら昼飯くらい食べさせてやらないといけないな」
 笑いながら佐野はキッチンに向かっていく。
 本当に貧乏ですよ?
 通帳の残高を見たら、絶句しますよ?

 静かな部屋のふかふかな布団を占領しながら、広くて綺麗な天井を眺めていると、いい匂いに負けたお腹がグゥと鳴る。
 佐野が準備してくれた食事は、教科書に出てきそうなくらい栄養バランスが良さそうな食事だった。
 サラダ、野菜スープ、ひじきの煮物に焼き魚まで。
 おこめも艶々でおいしそう。
 水なすのお漬物は父が好きだったが、亡くなってからは食べる機会がなくなってしまった。
 ちりめん山椒は大好きだが、私の収入では買う余裕はない。
 
「佐野さんの分は……?」
「俺は少し前に朝食を食べたばかりだ」
 ということは、私のためにこんなに準備してくれたってこと?
 
「いただきます」
 こんな豪華な食事、いつぶりだろう?
 七海は大好きなちりめん山椒をごはんに乗せて頬張った。
 
「おいしい」
 おいしすぎる!
 サワラの大葉焼きは初めて食べたが、大葉の香りが食欲をそそり、ごはんがすすんだ。
 
「……食べられないわけではないんだな」
 しまった! お腹が空いていたからって、がっつきすぎた!
 
「すみません、遠慮がなくて」
「たくさん食べろ。あんたは痩せすぎだ」
 食事を終えたころ派遣会社の担当から電話があり、明日からも普通に出社させてもらえると聞いてホッとした。
 よかった、クビにならなくて。
 診断書まで準備してくれたのに、佐野は診察代もいらないと言ってくれた。
 ここは病院ではないからと。

「家まで送る」
 また倒れたら大変だと言われた七海は、図々しくもお言葉に甘えることにしたが──。

「本当に……ここに住んで、いや、住めるのか……?」
 あまりにもおんぼろすぎて佐野にドン引きされた七海は、送ってもらわなければよかったと、今日一番後悔する羽目になった。