万華鏡は月を巻き戻す

「え?旅行?」

「そう!言い忘れてたんだけど、明後日から2泊3日で。」

「そうなんだ、いいじゃん。お父さんとゆっくりしてきてよ。」

「ありがとう。」

「でも急に旅行なんて珍しいね?」

「仕事の人がくれたのよ。急に行けなくなったからって。」

「そっか。私は大丈夫だから、楽しんできて。」

このタイミングで2泊3日の旅行…。
これは、ただの偶然…だよね?

朔は“もう大丈夫”って言っていたし。
信じたい。
きっと、平気。

「ねぇ、お母さん。」

「なに?」

「いつもありがとう。
お父さんと、楽しんできてね。」

「急にどうしたの?」

「なんか…言いたくなったの。お礼。」

「ふふ、嬉しい。
羽瑠がこんなに良い子に育って、お母さん幸せね。」

「ほんと?」

「ほんと。」

母がふいに、ぎゅっと私を抱きしめた。

思っていたより強くて、
その腕のあたたかさに、胸の奥がじんわり熱くなる。

「もう…なんか恥ずかしいんだけど。」

照れ隠しみたいに笑うと、
母は私の髪にそっと手を添えたまま言った。

「大きくなったってね、私にとってはいつでも子どもなのよ。
親はね…子どもが一番大切なんだから。」

その声はやさしくて、
でもどこか、ずっと前から抱えていた想いがにじんでいた。

胸がきゅっと痛む。

――きっと、私が死んだ世界では。
母は泣いて、泣いて、泣き続けたんだろうな。

想像しただけで、息が少し苦しくなる。

今こうして抱きしめてくれる腕の重さが、あたたかいのに、切なくてたまらない。