「春になったら、そこの桜がたくさん咲くんだろうね。」
朔がそう言って、境内の奥を指さす。
まだ青々とした葉だけの桜の木が、静かに風に揺れていた。
——春になったら。
その言葉が胸にひっかかる。
桜が咲くころには、もう…朔はいない。
そんな予感がずっと心のどこかにあって、
楽しいのに、幸せなのに、
どうしようもなくこわくなる。
風鈴の音が、やけに遠く聞こえた。
「さすがに暑いね。
カフェでも入ろうか。」
朔が何気なく言う。
「うん。」
返事をしながら、胸の奥がきゅっとなる。
でも朔は気づかず、いつものように前を歩いていく。
風鈴がまた揺れた。
チリン、と優しい音が背中を押す。
——今だけでも、ちゃんと笑おう。
そう思って、私は朔の後ろを追いかけた。


