万華鏡は月を巻き戻す

「羽瑠ー!」

朔が太陽に負けないくらいの明るさで手を振る。
夏休みの朝の空気は少し湿っていて、蝉の声が遠くで鳴いていた。

「おはよう。」

「眠そうだね。」

「うん。ちょっと。」

「楽しみで寝れなかった?」

「遅くにテレビ見ちゃって…。」

「なんの?」

「ホラー。」

「えー、怖いの苦手なんじゃないの?」

「テレビでやってて、怖いもの見たさで。」

「どういうやつ?」

「海に白い手がいっぱい出てくるやつ。」

「なんで見たの?ほんと。」

「何でだろう。」

朔があきれたように笑う。
その笑い声が、朝の空気に軽く溶けていく。

「……で、ほんとに行くの?海。」

「行くよ。夏休みだし。」

朔が当然のように言って、駅の方へ歩き出す。
私は慌てて後を追う。

ホームに着くと、潮風みたいな匂いがほんのり混じっていた。
電車がゆっくり入ってきて、二人は並んで乗り込む。

車内はまだ空いていて、窓際の席に座ると、
外の景色がゆっくりと流れ始めた。

「海、久しぶりだ。」

「うん。なんか、実感わいてきた。」

朔は窓の外を見ながら、少し嬉しそうに笑う。
その横顔に、朝の光がやわらかく差し込んでいた。

街並みが途切れ、緑が増え、
遠くの空がだんだんと青く広がっていく。

「……白い手、出てこないといいね。」

朔がわざとらしく低い声で言う。

「やめてよ!」

肩をすくめると、朔は楽しそうに笑った。

電車は海へ向かって、ゆっくりと揺れながら進んでいく。