万華鏡は月を巻き戻す

「うーん、それもそうだ。
あのさ、さっくんって覚えてる?」

お爺ちゃんのベッドの横で、私は夢でみた少年の話をぽつりと切り出した。

「だれだ?」

「昔、お爺ちゃんの万華鏡あげた子。ほら、病院抜け出してた。」

「うーん。」

お爺ちゃんは眉を寄せて天井を見つめる。
記憶の引き出しを探っているような顔。

「なんか、不思議な万華鏡って言ってなかった?」

「万華鏡か。」

「ほら、このくらいの大きさで……真ん中にガラス細工が入ってるやつ。」

私が手で大きさを示すと、お爺ちゃんは「ああ」と小さく声を漏らした。

「あったな。確かにあげたような? あげなかったような? ……思い出せないな。」

「老化だね。」

「しょうがない。老いには勝てないからな。」

お爺ちゃんは、はは、と優しく笑った。
その笑顔を見て、胸の奥がじんわり温かくなる。

「お爺ちゃんは死ぬの怖くないの?」

ふと、聞いてはいけない気がしたけれど、口が勝手に動いた。

「婆さんが待ってると思えば怖くはない。
それよりも……自分より先にいかれる方がよっぽど怖いな。」

そう言って、お爺ちゃんは私の頭をそっと撫でた。

「そっか……。長生きしてね。」

「ふっ、優しい子だな、羽瑠は。」

お爺ちゃんは目を細め、少し間を置いてから言った。

「あー、思い出した。
その万華鏡はな、後悔している出来事を“やり直す機会”をくれるらしい。」

「まさか。」

「まさかだよ。」

「ほんと?」

「嘘かもしれないけどな。」

「どっちよ。」

お爺ちゃんは肩をすくめて笑った。
その笑顔は、冗談とも本気ともつかなくて、
胸の奥がまたざわつく。

まるで――
その万華鏡が、ただの思い出じゃないような気がして。