万華鏡は月を巻き戻す


「いく!」

少年は勢いよく立ち上がった。
パジャマの裾がふわっと揺れて、夕方の風に溶ける。

「あ、でもお母さんとか平気?」

「平気。
多分いまは、俺がいない方がいい。」

その言い方があまりに静かで、胸の奥が少しだけ痛んだ。

「そう。」

「よし、じゃあいくぞ、少年!」

「少年って、!」

文句を言いながらも、彼はちゃんとついてくる。
私は彼の手を引いて、公園の外れにある古い木造の店へ向かった。
ガラス戸の向こうから、柔らかい灯りがこぼれている。

お爺ちゃんのお店だ。

「お爺ちゃんのコレクション、この子に見せていい?」

店の奥で作業していたお爺ちゃんが顔を上げる。
白い髭に、丸いメガネ。
手には細いピンセットとガラス片。

「ん?だれだ、その子は?」

「病院から抜け出してきたクソガキ。」

「クソガキっていうな!!」

少年が即座に反応する。
その声が妙に元気で、少し安心した。

私はお爺ちゃんのコレクションが置いてある部屋に入る。
扉を開けた瞬間、空気が変わった。

薄暗い部屋の中に、色とりどりの光が散らばっている。
棚にはガラス細工の万華鏡がずらりと並び、
光を受けて静かに瞬いていた。

「これって…」

少年は息を呑む。
その横顔に、光の粒が反射して揺れた。

「きれいでしょ?」

お爺ちゃんが集めたもの、手作りしたもの。
ひとつひとつに時間と手間と、たぶん少しの魔法が詰まっている。

お爺ちゃんは万華鏡職人だ。

「うん。
これ、綺麗。」

少年はそっと手を伸ばし、
並べられたガラス細工の万華鏡を指さした。
触れるのが怖いみたいに、指先が震えている。