万華鏡は月を巻き戻す

朔side

朗読を続けていた俺は、ふと違和感に気づいた。

返事がない。

ページをめくる手を止め、耳を澄ます。

「……羽瑠?」

呼びかけても、返ってくるのは小さく整った呼吸だけ。
眠っているとき特有の、ふわっとした息づかい。

俺は思わず小さく笑った。
電話越しでも分かるくらい、安心しきった寝息だった。

『……寝たな。』

声を潜めて呟く。

ほんの数分前まで不安そうだったのに、
今はこんなに穏やかに眠っている。

そのことが、胸の奥をじんわり温かくした。

『おやすみ、羽瑠。』

聞こえないと分かっていても、
そっと優しく言葉を落とす。

『誕生日の夜に、俺の声で寝てくれたの……嬉しい。』

照れたように笑いながら、
しばらくその寝息に耳を傾けた。

切るのが惜しくて。
まるで隣で眠っているみたいで。

『……ちゃんと朝までぐっすり眠れますように。
羽瑠が俺にくれたもの、俺もちゃんと返すから。』

願いを込めるように小さく呟いてから、
ようやく通話終了のボタンに指を伸ばした。

画面が暗くなる瞬間まで、
俺の胸の奥には、羽瑠の寝息の余韻があたたかく残っていた。

そして、俺も目を閉じた。