万華鏡は月を巻き戻す

お化け屋敷を出た瞬間、
朔の声が低く落ちた。

「……いるね。」

「え?ほんとに?」

「見ちゃだめ。気づかないふりして……誘きだす。」

「わ、わかった。」

私たちはあえてゆっくり歩き、列に並ぶふりをした。

「そこの角で走るよ。」

「うん。」

朔の合図と同時に、私たちは一気に駆け出した。
背後で、慌てた足音が追いかけてくる。

「追ってきてる。」

「大丈夫。」

朔は落ち着いた声で言い、私の手を引いて物陰へ滑り込む。
息を潜めると、足音が近づいてきた。

――来てる。

鼓動が耳の奥でうるさいほど響く。

そのとき、隣で朔がリュックを開けた。
中から何かを取り出し、ひょいっと軽く投げる。

カラン、と乾いた音がして、
追ってきた影がそちらに向いた瞬間。


ぱん、と小さな破裂音。
白い煙がふわりと広がり、視界が一瞬だけ曇る。

「えっ……!」

相手が戸惑ったその瞬間、
朔は私の前に立ち、腕を伸ばして距離を取らせた。

「羽瑠、下がって。」

煙の向こうで、誰かが咳き込む気配がする。

朔は迷いなく動き、
相手の腕を掴んで地面に押さえつけた――
す、すごい。

「大丈夫、もう動けないようにしてある。」

朔の声は落ち着いていて、
その冷静さに、逆に私の心臓が早鐘を打つ。

煙が薄れ、
倒れた影の輪郭がゆっくりと浮かび上がる。

「……やっぱり、及川だ。」

朔が静かに言った。

私は息を呑む。

あのパン屋の、
いつも優しそうに笑っていたおじさんが――
どうして。

胸の奥が、ぞわりと冷たくなる。