万華鏡は月を巻き戻す


「あの、失礼します!」

朔に引っ張られるようにしてリビングの扉を開けると――

目に飛び込んできたのは、
戦場と化したキッチンだった。

「透! 鶏肉切ったまな板に野菜置こうとするな!」

「え、だめなの?」

「ダメに決まってるでしょ!
あの羽瑠ですら分かるからね!」

「えー……」

「あと包丁! こっちに向けない!
ちゃんと持って、切って!」

「こ、こう?」

「危ないってば!こうだってば!!」

母と透さんがわちゃわちゃと動き回り、
包丁とまな板と野菜がカオスに散らばっている。

……何が起きてるの?

私は思わず声を出した。

「えっと……お母さんと透さん、何してるの?」

「羽瑠!見てよこれ!
透の家事能力の低さ!
姉ながら、なんでこんなに出来ないのか分からない!」

「だって、難しくて……」

「だから包丁こっち向けるなってば!」

母の怒号と、透さんの困った声がキッチンに響く。
朔はその様子を見て、思わず苦笑いを浮かべた。

私は恐る恐る口を開く。

「えっと……つまり、うちに来てた理由ってさ……」

透さんがへにゃりと笑った。

「姉さんに料理を教わりに来てるんだ。」

その言い方が妙に素直で、逆に胸がざわつく。

「もしかして……奥さんと娘さんは、これ知らないの?」

私がそう言うと、お母さんは肩をすくめた。

「い、言えるわけないよ!
真実さんががっかりするし、
友梨に“パパかっこ悪い”なんて言われたら立ち直れない。」

「つまり……
ただの料理できない人だったってこと?」

私がそうまとめると、朔がぽつりと呟いた。

「あの包丁使いなら、人は殺せないね。」

空気が一瞬止まる。

「……怖いこと言わないで。」

私が眉をひそめると、朔ははっとして、申し訳なさそうに笑った。

「あ、ごめん。」

その笑顔が妙に優しくて、
さっきまでの緊張がふっとほどけた。